レキオからの便り 5 何度も言わなければいけないこと 名護・敗戦の報を聞きながら 2018春

與儀 秀武(沖縄タイムス社)

 ハインリッヒの法則

 労働災害の分野で「ハインリッヒの法則」と呼ばれる経験則がある。アメリカの損害保険会社で技術・調査部を担当していたハーバート・ウィリアム・ハインリッヒが発表した論文に由来するもので、一つの重大事故の背景には、数多くの異常が存在しているという法則だ。ハインリッヒは、工場の労働災害を統計学的に調べた結果、「重傷」以上の災害が1件あれば、その背後には、29件の「軽傷」を伴う災害があり、300件の軽微なミスが起こっていることを指摘した。逆に言えば、頻発するケアレスミスを起こさないことが、大きな事故や災害を未然に防止するために必須であり、必要不可欠である。
 こう考えると、2018年に入ってから沖縄で頻発している米軍機の相次ぐ緊急着陸や部品落下が、重大事故の前触れとして、いかに危険な事態なのかが浮き彫りになる。この異常な事態は「それで何人死んだんだ」(内閣府の松本文明副大臣の衆院代表質問でのヤジ。松本氏はヤジの責任を取り副大臣を辞任)との暴言で、矮小化できるものでは決してない。その被害は、沖縄で生活する人々にとって、いつでも自分や、自身の家族、友人、知人の身の上に危害を及ぼしうる重大なトラブルであり、実際に戦後沖縄では人命が失われる大事故がこれまでも起こり続けている。これは日米安保の評価やどのような思想信条かという立場以前に、自身の生活や暮らし、生存に直結する問題だ。このような緊張と隣り合わせの日常で、恒常的、構造的、継続的に人命が奪われかねない事件・事故が戦後絶え間なく起き続けているのは日本国内の中でも沖縄だけではないか。
 いうまでもなく、このような危機的な状況が継続している要因は、沖縄に過重な基地負担が強いられているからにほかならない。周知のように、沖縄には日本の国土面積の0・6%に米軍施設専用面積の7割以上が集中しているが、これは逆向きに言えば、99・4%の日本全国の負担は2割台しかないということだ。だが、そのような圧倒的な不均衡がある中で、さらに沖縄では政府による東村高江のヘリパッド建設や名護市辺野古の新基地建設、宮古、八重山地区への自衛隊配備が強行され、県民の強い反発が起こっている。中でも辺野古の新基地建設は喫緊の大きな政治課題となっており、県と国との激しい対立が続いている。

国内での辺野古新基地建設への関心の薄れ

 沖縄の過重な基地負担により日本の安全保障が担保されていることへの憤りは、日本国内での「構造的差別」の象徴として現在の沖縄で受け止められている感があるが、沖縄側の反発とは対照的に、国内世論では辺野古の新基地建設を「既定路線」とみなす風潮が急速に強まっており、そのギャップは埋めがたい大きな溝となっているように見える。そして振り返って考えてみると、国内世論の多くが辺野古の新基地建設を既定路線と見なすようになった大きな契機は、16年12月、辺野古違法確認訴訟の最高裁で沖縄県が敗訴した司法判決が要因になっている。しかし、先の辺野古違法確認訴訟の判決が意味しているのは、沖縄県の仲井眞弘多前知事(県民世論に反して辺野古の埋め立て承認手続きを行った後、14年の知事選で辺野古新基地建設反対を掲げる翁長雄志現知事に約10万票の大差で敗れた)が行った埋め立て承認に、行政手続き上の瑕疵は無かった、ということである。冷静に考えれば明らかなように、これは辺野古に新基地を造らなければいけない、という意味では全くないし、まして日本国内での沖縄の過重な基地負担の現状が正当化されるものではありえない。にも関わらず、同判決以降、国内世論の中で、辺野古新基地建設の議論が急速に関心が薄れ、決定済みの事だと見なすとすれば、そこには大きな誤解と共に、政府の強硬姿勢と軌を一にした沖縄への無意識の抑圧への加担がある。そのような認識自体が、沖縄に基地負担を強いる無言の圧力になっているからだ。
 そしてさらに、沖縄の基地負担増を既定路線と見なす認識の背後には、昨今の東アジアの国家間関係のあつれきや軍事的緊張を踏まえ、沖縄の海兵隊は軍事的安定のために必要だとする「抑止力論」や「地政学的優位性論」などの主張が国民の間に広く浸透している。しかし、自国の安全のために沖縄に今後も軍事基地を押し付けるべきだとする見解を補強するように説かれる沖縄の米軍基地の「抑止力論」「地政学的優位性論」については、佐世保配備の海軍艦船と沖縄の海兵隊との位置的矛盾や有事の際の部隊規模の不整合などを例示した上で、沖縄の海兵隊が本当に抑止力的な機能を有しているのかを問う意見(『砂上の同盟』屋良朝博著)や「日本政府が海兵隊基地の県外移設を望めば可能だ」とする見解(『琉球新報』2010年5月19日付総合面、元在沖米四軍調整官、元米太平洋海兵隊司令官「ヘンリー・スタックポール氏に聞く」)など、とりわけ沖縄のジャーナリストや研究者らによる調査、報道によって、これまでにいくつかの根本的疑問が提示されている。

名護市民だけの問題ではない

 それらの中でも、沖縄の過重な基地負担の現状を考える上で、次の発言は最も本質を突いた発言だとして、多くの識者によって言及されている。沖縄の基地負担の状況を端的に説明する内容なので若干長文になるが引用する。
森本敏防衛大臣(当時)会見概要
 Q:沖縄問題にとてもお詳しい大臣で、今回、半年の間に沖縄の負担軽減に努力されていたと思いますが、1点だけ確認というか。普天間の辺野古移設は地政学的に沖縄に必要だから辺野古なのか、それとも本土や国外に受入れるところがないから辺野古なのか、その1点だけ、考えをお願いします。
 A:(前略)これは沖縄という地域でなければならないのかというと、地政学的に言うと、私は沖縄でなければならないという軍事的な目的は必ずしも当てはまらないという、例えば、日本の西半分のどこかに、その3つの機能を持っているMAGTF(海兵隊の地上部隊、航空部隊、支援部隊の3機能―引用者注)が完全に機能するような状態であれば、沖縄でなくても良いということだと。これは軍事的に言えばそうなると。では、政治的にそうなるのかというと、そうならないということは、かねて国会でも説明していたとおりです。そのようなMAGTFの機能をすっぽりと日本で共用できるような、政治的な許容力、許容できる地域というのがどこかにあれば、いくつもあれば問題はないのですが、それがないがゆえに、陸上部隊と航空部隊と、それから支援部隊をばらばらに配置するということになると、これはMAGTFとしての機能を果たさない。したがって3つの機能を一つの地域に、しかも、その持っている機能というのは、任務を果たすだけではなくて、必要な訓練を行う、同時にその機能を全て兼ね備えた状況として、政治的に許容できるところが沖縄にしかないので、だから、簡単に言ってしまうと、「軍事的には沖縄でなくても良いが、政治的に考えると、沖縄がつまり最適の地域である」と、そういう結論になると思います。というのが私の考え方です。(平成24年12月25日、防衛省・自衛隊ホームページより)
 発言者は、民主党政権下で安保、防衛問題の専門家として民間から防衛大臣に起用された森本氏であり、引用は森本氏が現役大臣だった際の記者会見でのやりとりである。
 ここで森本氏は、沖縄に基地が集中している理由を「軍事的」「地理的」な要因ではないと明言した上で、海兵隊の地上部隊、航空部隊、支援部隊の一体的な運用「MAGTF(マグタフ)」が機能するなら「日本の西半分のどこか」「沖縄でなくても良い」と説明している。その上で、現状で沖縄に基地負担が集中している理由として「政治的に考えると、沖縄がつまり最適の地域である」と述べている。これは端的に言うならば「米軍(海兵隊)は『軍事的』『地理的』に沖縄に駐留しなければならない理由はないが、日本全国、皆が反対しているので『政治的な理由』で沖縄に押しつけている」という意味である。
 このように考えると、これまで継続されてきた沖縄への過重な基地負担の是非が全国民的な問題として明確に主題化、共有化されない現状は、沖縄の地域的問題では無く、むしろ国内世論にこそ問われなければならない問題だということが浮かび上がってくる。しかし、そのような課題が共有されないまま、沖縄と日本国内の溝はむしろ固定されたまま、大きな広がりを見せているのが現状ではないか。
 ここまで原稿を書いた段階で、2月4日の名護市長選挙で、自民、公明、維新が推薦する新人の渡具知武豊氏が初当選し、辺野古の新基地建設に反対をしてきた現職の稲嶺進氏が落選したとの選挙結果が伝わってきた。各メディアでは辺野古新基地建設が加速するとの論評も取りざたされている。しかし繰り返しになるが、辺野古に新しい米軍基地を建設するかしないかを問われなければいけないのは、本来は名護市民ではないはずだ。沖縄の過重な基地負担によって日本の安全保障が担保されていることの是否が問われなければいけないのは日本の国内世論なのであり、『現代の理論』をいま手にし、この拙稿を読まれている読者諸氏、一人ひとりである。

◎よぎ・ひでたけ
 1973年、沖縄県宮古郡伊良部島生まれ。沖縄で発刊する雑誌『越境広場』編集委員。共著に『闘争する境』 『沖縄、脱植民地への胎動』(いずれも未來社)など。

(現代の理論 2018春号)

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