POLITICAL ECONOMY 第313号 労働時間短縮と残業問題は課題山積
労働調査協議会客員調査研究員 白石利政
要点
1、年間総労働時間1,800時間は達成したが、一般労働者には長時間労働が残る
2、36協定と過半数代表制度の実効性が不十分で、労働時間規制が十分に機能していない
3、残業依存の構造を改めるため、職場運営の改革と基本給の改善が必要である
総労働時間は減少しているが・・・
1980年代、日本は貿易摩擦を背景に「働きすぎ」が国際的な批判の対象となった。こうした状況を受け、内需主導型経済への転換と国民生活の充実を目指す経済構造改革の一環として、労働時間短縮が重要な政策課題となり、その象徴として年間総労働時間1,800時間の達成が国民的目標に掲げられた。
この目標の実現に向けて、労働基準法を中心とする法制度は段階的に整備されてきた。1987年には週40時間労働制への段階的移行が開始され、1993年にはこれが法定労働時間の原則となった。1998年の36協定に関する限度基準告示で労働時間の延長限度等が示された。2008年には月60時間超残業に対する割増賃金率が50%へ引き上げられた(2023年より中小企業にも適用)。
制度改革の大きな転換点となったのは2018年に成立した「働き方改革関連法」である。2019年から時間外労働の限度基準告示が法制化され、時間外労働は原則として月45時間・年360時間とされた。臨時的な特別の事情がある場合(特別条項付き36協定)でも、「年間720時間以内」「単月100時間未満」「複数月平均80時間以内」という上限が設けられた。特別条項の上限が依然として「過労死ライン」と重なる点への批判はあるものの、罰則付きの法的上限が導入されたこと自体は、日本の労働時間規制において一歩前進した。
厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によると、事業所規模5人以上の年間総実労働時間は、2000年の1,853時間から2025年には1,621時間へと減少しており、一見すると「1,800時間」の目標は達成されたようにみえる。しかし、この背景には、パートタイム労働者比率が20%から30%へ上昇したという就業構造の変化がある。一般労働者(パートタイム労働者以外)に限定してみると、年間総実労働時間は2,026時間から1,926時間へと100時間減少したものの、依然として長時間労働の実態が根強く残っている。
36協定不締結事業所は4割超
ICT(情報通信技術)の普及により、勤怠管理そのものは本社からでも容易に把握できる環境となっている。しかし、課題は時間外労働の法的根拠となる36協定の運用、とりわけその実効性にある。
厚生労働省「労働時間制度等に関する実態調査」(2024年)では、36協定を締結していない事業所が4割を超える。また、JILPT(独立行政法人労働政策研究・研修機構)による「過半数労働組合および過半数代表者に関する調査」(2025年)では、事業所に過半数労働組合または過半数代表者がいる事業所は59.0%にとどまり、代表者の選任が適正に行われていない事業所も16.0%ある。過去3年間に過半数代表制度を利用した事業所は63.2%で、そのうち36協定締結に関する手続きを実施した割合は53.8%であり、全事業所ベースでみれば約3割にすぎない。
労働組合の組織率が低下するなか、法定労働時間規制を解除する法的要件となる過半数代表制度の実効性をどう担保するかは極めて重要な課題である。代表者の選出方法の適正化や透明性の確保、複数代表制や任期制の導入、さらには行政によるチェック・支援体制を強化する必要がある。
また、こうした職場運用の実効性をめぐっては、国際比較から日本特有の課題が浮かび上がる。電機連合の国際調査(図)が示すように、日本では残業管理が「直属上司との個別的関係」に委ねられやすい傾向があるが、ドイツでは経営協議会、フランスでは労働組合といった組織的なチェック機能が働いている(なお、フランスの結果には、その後社会経済委員会に統合された旧企業委員会における労働組合の活動が背景にあると考えられる)。

「残業代は生活費の一部」という残業依存の構造
しかし、長時間労働の背景には、制度運用だけでは解決できない構造的な要因がある。そこには、残業時間で生産・業務量を調整する職場運営と残業代を生活費の一部として組み込む「生活残業」いう、構造がある。
「生活残業」の問題を考える際、印象に残っている話がある。筆者が労働調査に従事し始めた当時、先輩から「労使折衝の議事録をみると、労働組合支部の最大の関心事は残業枠の確認だった」と聞いた。そのとき初めて、残業代が生活費を補う役割を果たしている現実を知った。こうした構造は半世紀を経た現在でも、本質的にはなお残っている。2018年の「働き方改革関連法」に対する参議院厚生労働委員会の附帯決議でも、最後に「生活残業を行う従業員が生活困窮に陥ること」への配慮が付されている。
残業依存の構造が長く維持されてきた背景には、職場レベルで労使双方の利害が一致していたことがある。経営側は人員を増やすことなく需要変動に対応でき、労働者側は残業代によって所得を補うことができた。その結果、残業への依存が労使双方にとって固定化され、長時間労働を是正しにくい構造が形成された。
以上のような制度改革の経緯と現状を踏まえると、長時間労働を根本から解消するためには、次の3点に取り組む必要がある。
・時間外労働の上限規制の見直し:法定の時間外労働の原則上限や特別条項における上限時間を引き下げる。
・36協定・過半数代表制度の実効性向上:労使コミュニケーションを組織化し、管理職個人の裁量に依存しない職場運用を確立する。
・残業に依存しない職場運営と賃金への転換:適正な人員配置と計画的な生産・業務管理への移行を進め、基本給を改善する。
政府は日本成長戦略会議労働市場改革分科会において、裁量労働制の見直しや時間外労働規制の在り方などの議論を進めている。政労使には、これまでの労働時間への取組成果を後退させることなく、次世代にふさわしい働き方を支える制度の構築が求められている。
*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より
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