POLITICAL ECONOMY 第312号 骨太方針、370兆円投資の死角
経済ジャーナリスト 蜂谷 隆
要点
1、戦略17分野の選定は不十分、生煮えである
2、「投資牽引型成長」というが実現は疑問。
3、政府主導の投資で国際競争力偏重。社会課題や国民生活向上の視点が乏しい
高市早苗政権による「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太方針案)が示された。半導体、造船、量子コンピュータ、防衛など戦略17分野に、官民合わせて14年間で370兆円を投資するという計画である。
しかし、市場は財政悪化への懸念を強め、国債には売り圧力がかかり、長期金利は上昇している。政府は表現を修正するなどして市場の不安を和らげようとしているが、根本的な疑問は解消されていない。
なぜ「戦略分野」に自動車はないのか
370兆円のうち、国が実際に負担する金額は骨太方針では明らかにされていない。ただ、内閣府が公表した「日本成長戦略の下での中長期的な経済・財政の姿に関する試算」では、追加的な財政支出を毎年10兆円と見込んでいる。14年間では約140兆円となる。
さらに防衛分野は年末に予定されている防衛3文書の改定を経て数字が決まるとされている。370兆円はさらに膨らむことになる。これだけの財政支出をどう賄うのかは当然問われるべきである。しかし、それ以上に重要なのは、370兆円もの投資を17分野に集中させることに、どれほどの意味があるのかという点である。
政府は17分野ごとに学者、シンクタンク、企業などによるワーキンググループ(WG)で議論し、ロードマップを作成したうえで、主要企業へのヒアリングを踏まえて投資額を積み上げたとしている(表)。

そもそもこの17分野はどのようにして決まったのか。調べると政府内の議論は、昨年11月の日本成長戦略会議と経済財政諮問会議で、それぞれ1回行われただけである。その内容は11月21日に閣議決定された「『強い経済』を実現する総合経済対策」に盛り込まれた。生煮えの感は免れない。
疑問は少なくない。例えば、日本で最も国際競争力を持つ自動車産業は、なぜ戦略分野に含まれていないのか。中国メーカーのEV(電気自動車)が急速に存在感を高める中、官民が連携して競争力を維持・強化する必要はないのか。世界トップクラスの光学技術も同様である。政府は、こうした分野は民間だけで十分対応できると考えているのであろうか。
「投資牽引型」への転換は可能か
高市政権が国内投資を重視する背景には、日本経済に対する独自の認識がある。「骨太方針」によると、日本経済の潜在成長率は0%台と低迷しているのは「長年にわたる『未来への投資不足』による」もので、「投資不足の流れを断ち切るとともに、世界的な産業政策の大競争時代に対応するため(中略)政府が一歩前に出て、官民手を携え、戦略分野への投資を進める」というのだ。「国内投資に徹底的にてこ入れ」し、『投資牽引型』に転換する。そのために戦略分野への投資を通じて技術革新などで生産性向上、人材育成策で「供給構造を強化するとしている。
この発想は、高度経済成長期に設備投資が新たな需要を生み、「投資が投資を呼ぶ」と説いた経済学者下村治氏の「下村理論」を思い起こさせる。同氏は10%成長による国民所得倍増が可能であると主張した。
しかし、現在の日本は人口減少と成熟経済の時代にある。高度成長期と同じ投資主導型の成長を期待することは難しい。低成長や低投資は、ある意味で当然である。
もっとも、「骨太方針」も指摘するように日本企業が国内投資に消極的であることも事実だ。また、中国が産業政策を強化し、それに対抗して米国やEUも政府主導の投資を拡大している以上、日本も一定の対応が問われることは当然だろう。
とはいえ、政府が民間企業より前面に立って巨額の公的資金を投じる以上、その投資理念が問われるはずだ。その目的は企業の国際競争力向上だけでは不十分である。国民生活の向上や社会課題の解決という視点が不可欠なはずだ。
『ミッション・エコノミー』とは似て非なるもの
ここで思い出されるのが、米国の経済学者マリアナ・マッツカートの著書『ミッション・エコノミー』(邦訳2021年、ニューズピックス社)である。というのは、同書の「国×企業で『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」という副題が示すように、国と企業の協働、とりわけ政府の積極的な役割を重視している点で、高市首相の考え方とよく似ているからだ。
しかし、両者には決定的な違いがある。
マッツカートが主張するのは、政府は社会的課題を解決するために投資の先頭に立つべきだということである。新型コロナ対策、健康社会の実現、気候変動への対応などがその代表例であり、『ミッション・エコノミー』という書名もそこから来ている。
この視点から骨太方針を読むと、違和感はさらに大きくなる。例えば、「再生可能エネルギー」やGX(グリーントランスフォーメーション)という言葉は一度も登場しない。エネルギー政策は、中東情勢の緊迫化を受けた喫緊の課題であるが、同時に2050年カーボンニュートラルを実現するための国家戦略でもあるはずだ。実際、石破前政権がまとめた2025年の骨太方針では、GXが重要政策として位置づけられていた(原発も強調されていたが)。
骨太方針には、このような社会的課題解決だけでなく、国民生活を向上させるという視点がほとんど見当たらない。国際競争力を高めれば、結果として国民生活も豊かになるという発想であるなら、それはかつて唱えられた「トリクルダウン」と大きく変わらない。
さらに、日本最大の貿易相手国である中国とどのような経済関係を築いていくのかという視点も見当たらない。
370兆円という巨額投資を掲げながら、その理念や国家戦略が十分に示されているとは言い難い。 理念の骨格は骨粗しょう症気味で、「骨太方針」というより、「骨細方針」と呼んだ方がよいのではないか。
*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より
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