動き出す皇室典範改正論議 女性・女系天皇、女性宮家創設が焦点 2019年秋
平田 芳年(NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員)
安定的な皇位継承や皇族減少に対処するための方策は如何にあるべきか。政府は令和天皇の即位を内外に示す「即位礼正殿の儀」が終わる2019年10月22日以降、女性・女系天皇、女性宮家創設などをテーマとする「皇室典範」改正問題の本格論議に入る。天皇生前退位を認める皇室典範特例法の付帯決議で、「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」の検討を求めたことに対応する。7月の党首討論で安倍首相は「党として決めていかなければならない問題で、議論中だ。女性、女系の違いを国民に説明しないといろいろな誤解を招く」と慎重姿勢を示したが、議論を先送りすれば皇位継承者の先細りが避けられるわけではない。
2019年5月の徳仁皇太子の即位で次の皇位継承者は秋篠宮(当時53歳)、悠仁親王(当時12歳)、上皇の弟・常陸宮(当時83歳)の3名となる。すでに高齢の常陸宮を除くと2名となるが、秋篠宮は現天皇の弟であり、年齢差も少なく、「兄が80歳の時、私は70代半ば。それからはできないです」との意向を周囲に伝えているという。皇室典範では皇位継承者の即位拒否を想定していないが、秋篠宮発言は常識的な判断であろう。この結果、令和天皇の退位が想定される30年後には悠仁親王ただ一人となり、仮に悠仁親王がそれ以前に薨去した場合、継承者が実質ゼロとなる事態も想定される。
かつて明仁、徳仁皇太子時代の配偶者選考が困難をきわめたように、現代の日本人女性は皇室という特殊な環境に身を置き、皇太子妃または皇后という非常に責任の重い身分につくことを忌避する気分が強く、果たして悠仁親王が結婚することができるかどうかという問題がある。10数年後、皇室に嫁ぐ女性が現われたとしても、男子を産む可能性を想定出来るのか、など難問が控えている。神道研究者・高森明勅國學院大學講師によると、「過去の歴代天皇の約半数は側室の出(非嫡出)であり、平均して天皇の正妻にあたる女性の4代に1人は男子を生んでいなかった」という。現行の皇室典範で定めているように、男系男子の継承者を求めるとなると、相当厳しい現実がある。
しかも、天皇位そのものが「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」「この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」という性格を持っており、広く国民の信頼と敬愛を集め、国民の傍らに寄り添う姿が要請される。その象徴の立場は短期間で醸成できるものではなく、10年、20年単位で国民とと共に歩む姿が求められる。従って、皇位継承者不在がハッキリした時点で検討すればよいというものではない。将来の深刻な事態が想定されるなら、相当期間前から検討し、対処策を決めておく必要がある。
首相の諮問機関が女性天皇容認
ここで時間を14年ほど溯ってみたい。2004年12月、小泉純一郎首相は私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」を設置、将来の皇位継承のあり方に関する論議をスタートさせた。そこでの問題意識は「現在の皇室の構成では早晩、皇位継承資格者が不在となるおそれがあり、日本国憲法が定める象徴天皇制度の維持や長い歴史を持つ皇位の継承が不確実になりかねない。将来にわたって安定的な皇位の継承を可能にするための制度を早急に構築することは、現在の我が国にとって重要な課題である」と強調。約1年間の論議の末、報告書をまとめ、首相に提出した。この問題意識は今も大きく変わるわけではない。
05年11月24日に提出された報告書は「基本的な視点」として①国民の理解と支持②伝統を踏まえたもの③制度として安定したものである―の3点が強調され、そのための方策として「古来続いてきた皇位の男系継承を安定的に維持することは極めて困難。女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠であり、広範な国民の賛同を得られるとの認識で一致するに至ったものである」と結論づけた。
しかし、その3カ月後に秋篠宮紀子妃の懐妊が明らかとなり、与党内で慎重論が台頭。悠仁親王誕生で「皇位継承者が近い将来に不在となる可能性は遠のいた」と同法案の不提出が確定する。報告書提出の1カ月前に就任した安倍晋三官房長官はメディアで「男系維持の方策に関してはほとんど検討もせず、当事者である皇族のご意見にも耳を貸さずに拙速に議論を進めた」と批判、「ずっと男系で来た伝統をすぐ変えるかどうか、慎重になるのは当然ではないか」と持説を開陳し、法案提出のブレーキ役を果たした。
女性宮家創設問題
さらに2012年2月、政権交代した民主党の野田政権が女性宮家創設問題を取り上げ、「皇室制度に関する有識者ヒアリング」を開始。出席した有識者たちは「女性皇族の婚姻により皇族が減少していくことは問題であり、対応が必要との認識」で一致、同年10月に、女性皇族が結婚後も皇籍にとどまる女性宮家創設案と、結婚して皇籍を離れても新たな称号を使うなどして皇室活動を続ける2案を論点整理としてまとめた。同ヒヤリングは意見が鋭く対立する皇位継承問題とは切り離し、「緊急性の高い女性皇族の婚姻後の身分と皇室の御活動の維持という問題に絞って行う」との配慮の下で進められ、早期の実現を目ざした。しかし同年12月の解散・総選挙で民主党が下野、新たに安倍政権が登場すると有識者ヒアリング案は棚上げされる。
安倍首相は2013年1月の衆院本会議で「野田前内閣が検討を進めていた女性宮家の問題については慎重な対応が必要だ」と有識者ヒヤリングでまとめられた二案について慎重姿勢を示し、月刊誌に自身の論考を寄稿して「女性天皇や女系天皇の即位につながりかねない」として女性宮家創設案を明確に否定した上で、「皇位継承のためには旧宮家の皇籍復帰も考えるべきだ」とする考えを公表した。
今回、安倍政権の下で再スタートを切る「安定的な皇位継承」論議はどのような道筋を辿るのであろうか。過去、皇室典範改正をテーマに政策論議を先導した小泉政権、野田政権(女性宮家創設)、安倍政権(天皇生前退位)とも首相の私的諮問機関や有識者ヒヤリングの形で専門的知見を集約する方式を採用しており、今回も内閣官房皇室典範改正準備室に学識経験者らを集め、政権の意向に沿った方策を検討することになろう。
ここで問題となるのは女性・女系天皇、女性宮家創設を巡るテーマで過去2回、政府の専門家機関がとりまとめた報告、提言をどう取り扱うかだ。まったく無視して、新たな報告、提言をとりまとめることも可能だが、政府の諮問機関は「広く国民意見を集約し、政策に反映させる」という建前から、まったく異なる結論になった場合、説明責任が厳しく問われる事になる。
焦点の女性天皇
小泉政権時の「安定的な皇位継承」論議で最大の焦点となったのは皇室典範第1条の「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と定めた条項である。今回もこの条項をどう扱うかによって結論は大きく異なる。改正せずに同条項を維持するとなれば、「男系男子」の安定的な継承をどう担保するのかという方向に論議は向かう。安倍首相も言及した「旧宮家の皇籍復帰」論、女性・女系天皇容認論の対抗案として保守系論者が主張する「旧宮家の男子を皇族に迎えよ」(百道章日大教授)という主張だ。
1947年に皇籍離脱した11宮家のうち分家や他家への養子などで「男系を継承する徳大寺家、近衛家、一条家などを含めると『悠仁さま世代』だけで数十名の男子を確認出来る」(評論家八幡和郎氏)という。しかしこの「旧宮家の皇籍復帰」論は小泉政権時の「皇室典範に関する有識者会議」でも取り上げられ、以下のように集約した。
「旧皇族は、すでに60年近く一般国民として過ごしており、また、今上天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代までさかのぼる遠い血筋の方々であることを考えると、これらの方々を広く国民が皇族として受け入れることができるか懸念される。皇族として親しまれていることが過去のどの時代よりも重要な意味を持つ象徴天皇の制度の下では、このような方策につき国民の理解と支持を得ることは難しい。国民の理解と支持、安定性、伝統のいずれの視点から見ても問題点があり、採用することは極めて困難」
皇室制度は長い歴史的伝統があるが、「皇室典範」として皇位継承が明文化されたのは明治に入ってからに過ぎない。天皇位をめぐる争いの回避など皇室制度の安定化を図るために整理されたもので、その時に初めて皇位継承資格が男系男子(非嫡系を含む)に限定された。歴史上は8人10代の女性天皇が存在しており、明治の皇室典範を定める際、帝国議会で歴史上の例や親等の遠い皇族男子より近親の女性を優先する方が自然の感情に合致すること、皇統の安泰のために必要であることなどの理由から、女性天皇を可能にすべきではないかとの質疑が行われており、男系男子が天皇制度の原理ではない。
統治の根本規範たる戦後憲法に立ち返ると、皇位の継承は「皇位は世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」となっており、世襲であることを基本要素としている。近現代に入って明治天皇を含め、大正、昭和、平成、令和と5代にわたって、直系親子の継承の形をとって受け継がれてきた。今の皇室典範も明治の皇室典範も、皇位継承の順序において、天皇の子であることを優先する「直系主義」を採用しているからだ。問題は令和への代替わりで、この「直系主義」が揺らぐ懸念が生じている。
昭和天皇から見ると秋篠宮は直系で、その子も直系と言える。しかし徳仁天皇から見ると秋篠宮は弟であり、その子の悠仁親王となると直系とは言い難い。日本の家族制度の中で考えると現天皇の甥となり、民法の規定では3親等以内の傍系親族に当たる。象徴天皇制の継続を前提にすると、確かに皇統が直系で続かない場合は傍系に移ることもあろうが、現に直系が存在する場合はこのことをどう考えるのか。つまり愛子内親王の存在だ。
政治の舞台は混戦模様
この直系優先について、小泉政権時の「皇室典範に関する有識者会議」では、次のようなとりまとめを行っている。
「皇位継承の在り方としては過去から将来への連続を象徴する形として、親から子に、世代から世代へと伝わる直系継承が最もふさわしい。皇位継承者は、天皇の役割を継承する存在であり、天皇の身近で生まれ、成長された皇族であることが望ましい。したがって、天皇の直系子孫を優先し、天皇の子である兄弟姉妹の間では、男女を区別せずに、年齢順に皇位継承順位を設定する長子優先の制度が適当である」
天皇代替わりの諸行事が進行した4、5月にかけて『週刊新潮』、『週刊文春』や女性週刊誌が相次いで「愛子天皇論」を特集、『週刊朝日』(5月17日)に「〝愛子天皇〟が急浮上 秋篠宮『即位拒否』」と題する皇室記事が掲載された。4月の世論調査(朝日)でも76%が女性天皇を、74%が女系天皇を容認する回答を寄せており、女性天皇への拒否感は急速に薄まっている。
しかし政治の舞台に上ると論議は混戦し始める。自民党内では女性天皇への抵抗感が強く、前述のように小泉、野田両政権が打ち出した女性天皇容認、女性宮家創設の政府方針をことごとく封印してきたのは安倍首相である。同政権を後押しする「日本会議国会議員懇談会」など右派潮流は「男系男子継承」を声高に主張、今秋には男系男子継承を骨子とした提言案をまとめるという。一方、野党は立憲民主、共産が女性・女系天皇を容認する姿勢を打ち出しており、国民民主も男系女性天皇まで認める見解を公表、与野党の立場に相当な開きがある。安倍政権が結論を急がず、問題の先送りを決めたとしても、安倍首相の自民党総裁任期は21年9月までだ。21年12月には愛子内親王は20歳の成年を迎え、新年一般参賀にも参列する。
(現代の理論 2019年秋号)
*アイキャッチ写真は衆議院ホームページより

