ウクライナ・新自由主義にに揺れる欧州 フランス大統領選の注目すべき結果―三極政治の兆し
土田 修(ジャーナリスト)
米国からの自立を模索するマクロン外交
2022年5月24日のフランス大統領選挙で現職のエマニュエル・マクロン氏が再選を決めた。フランスの憲法では3 選は認められていない。次の5年の任期期間中に外交や内政で得点を稼ぎ、政治的なレガシーを残しておきたいところだ。その外交面でマクロン氏は、ロシアのウクライナ侵攻の前後に、どの国の首脳よりもプーチン大統領との対話に時間を割いた。ウクライナ侵攻前の2月7日には自らモスクワを訪問し、6時間近く、プーチン大統領と対面で会談している。その後も10回電話会談を行い、3月中旬までに累計で20時間に及んでいる。
マクロン氏が何か具体的な成果を挙げたかというとそうではない。ロシアによるウクライナ侵攻前の2月20日にフランス大統領府は、米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領が首脳会談を開催することで原則合意したとのコミュニケを発表した。このニュースは、プーチン氏との会談を重ねてきたマクロン外交の大きな成果として世界中に流れた。
ところが、その翌日の21日、プーチン大統領は分離独立派が実効支配する「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を国家として承認する大統領令に署名し、両地域での「平和維持活動」を行うよう指示した。当然、マクロン氏がプーチン氏との電話会談でまとめたはずの米ロ首脳会談は吹っ飛び、西側陣営からは対ロシアの新たな制裁措置が次々と発動され、ロシアによるウクライナ侵攻開始が決定的になった。
マクロン氏は老獪なプーチン氏に子供扱いされてしまった。
その後も、マクロン氏はプーチン氏との会談を続けている。大統領選挙の決選投票は4月24日に行われたが、その直前にラジオ番組に出演したマクロン氏は、プーチン大統領との対話の選択肢を持ち続けることを強調している。イタリア紙のインタビューでは「プーチン氏との対話をやめたら、トルコやインド、中国に交渉を委ねることになる。非欧州人が欧州の平和をもたらすことになる」とも語っている。
マクロン氏の外交姿勢は米国に追随しない「独自外交」を主張したシャルル・ド・ゴール元大統領の「ド・ゴール主義」に近い。国際政治における「ド・ゴール主義」の思想とは、「国家主権」を盾に、北大西洋条約機構(NATO)や当時の欧州経済共同体(EEC)といった国際組織に一線を引くことにあった。ド・ゴール政権は独自に核開発を進め、NATO軍事機構からの脱退を実行したが、その背景には米国の主導権に従属していった西側諸国への反発があった。フランスのNATO軍事機構への復帰は米国寄りのサルコジ政権下で 2009年に実現したが、その後も、西側諸国の多くは米国の核の傘に疑問を抱きながら、自国防衛の保障と外交の主導権を米国に委ねてきた。
2014年9月に締結された「ミンスク合意」は、ウクライナ東部ドンバス地域の紛争を話し合いで解決させるためにフランスとドイツが主導権を握る好機だった。だが、ウクライナ政府は合意文書を無視し、ドンバス地域に自治権を認めることを拒否した。フランス国立東洋言語文化学院客員研究員のダヴィド・トゥルトリは「フランスとドイツが何もできないと判断したロシアは、ウクライナの本当の庇護者とみた米国との直接交渉を模索する。さらにロシアは、米のあらゆるイニシアティヴに対して、もっとも疑わしいものであっても欧州は何ら抵抗することなく受け入れるのをみて驚いた」と指摘する(1)。
トゥルトリは、2019年2月に米国が中距離核戦略全廃条約(INF条約)を破棄した時のことにも言及している。トゥルトリによれば、欧州諸国は真っ先に自分たちが、射程距離500㌔㍍から5500㌔㍍の核弾頭中距離ミサイルのターゲットになる可能性があることを知りながら反対しなかった。そのため、ロシアは欧州諸国が救い難いほど米国に対して自主性を持てず、国際戦略の悪化にも責任を取ろうとしなかったことに驚いたという。 マクロン氏が2019年11月にエコノミスト誌のインタビューに対し、「NATOは脳死状態にある」と語ったのにはこうした背景があった。この発言にドイツの首相だったメルケル氏がいつになく強硬にマクロン氏をたしなめた。核保有国ではないドイツは米国の核の傘の下に入っている。一方で、ドイツはバルト海を通ってロシアから天然ガスを輸送するパイプライン「ノルド・ストリーム2」の計画を進めている。エネルギーと軍事の両方の安全保障を米ロに握られているメルケルの外交的ダブルスタンダードのなせる技だ。
もちろんマクロン氏はNATOの軍事機構からの脱退を表明していない。米国が米英豪安全保障協定「AUKUS」を創設し、仏豪間の潜水艦共同開発契約をオーストラリアに一方的に破棄させた時も、フランスは在ワシントン大使を送還するなど一時的に抵抗しただけだった。西側諸国の中で孤立することを恐れたからだ。だがマクロン氏は西欧諸国の運命を米国に委ねるのではなく、安全保障をめぐって自立し、ロシアとも交渉する方向を模索しているようにみえる。
NATOとの関係についていえば、大統領選挙候補だった極右「国民連合」のマリーヌ・ル・ペン氏も、左派「屈しないフランス」のジャン=リュック・メランション氏も「NATOからの離脱」を公約に掲げている。ル・モンド・ディプロマティーク紙編集責任者のセルジュ・アリミ氏は、「冷戦時代に設立されたNATOは米国支配の道具でしかない。……自分の関心しか頭にない気まぐれな〝王様〟に付き合い続けるのは、保護国の地位を受け入れることと同じだ。欧州がそこから抜け出すにはNATOから脱退するしかない」(2)と書いている。NATOに対するフランス人の懐疑論は中道派だけでなく、左右両派にも共通している。
極右に恩恵を与えたネオリベ政策批判
マクロン氏の外交政策は必ずしも成功していないが、メルケル氏退陣後の欧州においてプーチン氏との対話路線の継続や米国主導型安全保障からの脱却を志向する外交方針は、今回の大統領選挙における中道派支持者の票を獲得する上で影響があったと思われる。フランスの市場調査会社Ipsosによる有権者調査では、投票を左右する事項として①購買力(57%)②ウクライナ戦争(27%)③環境(24%)④医療システム(24%)⑤移民(24%)―が挙げられた。1位の「購買力」は、近年の物価高騰による所得環境への不安を端的に表しているが、「ウクライナ戦争」が「環境」や「医療」「年金」を上回り2位につけている。
パリ政治学院のリュック・ルバン主任研究員は「現職大統領という立場を活用し、自身をフランス・欧州の指導者だと印象づけた」(4月26日付日経新聞朝刊)とマクロン氏の当選を評したが、メルケル氏が退陣した後、マクロン氏のウクライナ危機に対する外交政策が投票動向に比較的大きな影響を与えたことは間違いない。
フランス大統領選挙の第1回目投票(4月10日)の結果は、マクロン氏978万票(得票率27・85%)、ル・ペン氏813万票(同23・15%)、メランション氏770万票(同21・95%)と接戦だった(上位2氏で4月24日に行われた決選投票ではマクロン氏58・54%、ル・ペン氏41・46%)。社会党オランド政権で経済・産業・デジタル大臣を務めたマクロン氏は、前回の大統領選挙(2017年)で中道保守でありながら社会党支持層をも吸収し、中道左派と中道右派を一つにまとめるという欧米民主主義ではありえない前例をつくった。
そのマクロン政権の1期目(5年間)といえば、大企業と富裕層に対する優遇政策(富裕税ISFの廃止や競争力強化・雇用促進税額控除CICEの存続など)を実施し、労働法を破壊、失業保険や年金改革によって低所得層の生活を圧迫するという急激なネオリベ政策に象徴される(メディア支配と潤沢な資金力でマクロン氏を大統領に押し上げた、世界最大の高級ブランドグループLVMH所有者ベルナール・アルノー氏の資産は 2016年から18年までに300億ユーロから700億ユーロに倍増している)。2018年11月、燃料価格の高騰に抗議して地方都市で始まったフランス政府に対する抗議運動の「黄色いベスト運動(ジレ・ジョーヌ)」はマクロン氏の退陣を求めてフランス全土に拡大した(3)。
マクロン氏のネオリベ政策を批判する抗議運動の恩恵を一番受けたのは極右候補のル・ペン氏だった。今回の大統領選挙の決選投票でのル・ペン氏の得票数は約1300万票で、5年前の前回大統領選挙より約260万票も増やしている。しかも大都市や中規模の都市ではなく、「都市周辺」と農村部の住民や低所得層の支持を集めた。「国民連合」は移民排斥を標榜する差別主義的な政党でありながら、金持ち優遇のマクロン氏の政策を批判し、メディアを通して「庶民の味方」のイメージを振りまいた。
大統領選挙で極右が確実に票を伸ばしてきているのは間違いないが、本来、マクロン政権批判は左派陣営にとって有利なはずだったのだが、必ずしもそうはならなかった。この「逆説」についてフランスの政治家ジャン・ピエール・シュヴェヌマン氏はこう分析している。「富やサービス、資本、人の自由な移動によるネオリベラルなグローバリゼーションは、幅広く社会民主主義に結集した左翼によってではなく、〝ポピュリズム〟と呼ばれる右派によって問題視されている」(Qui veut risquer sa vie la sauvera, 2020)。
2002年には欧州連合(EU)15カ国中、13カ国で社会民主党が政権に就いていたが、2022年には27カ国中、7カ国(ドイツ、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、スペイン、ポルトガル、マルタ)に減少している。米国でもネオリベ批判を展開し、民主党に新しい風邪を吹き込んだバーニー・サンダース氏が大統領選挙で早々と挫折したのとも相通じる。世界で左派政権が拡大しているのは、メキシコ、アルゼンチン、ボリビア、ペルー、チリ、ホンジュラスと中南米に多い。コロンビアでは2022年五月29日に、ブラジルでは2022 年10月2日に大統領選挙を控えているが、左派候補の優勢が伝えられている。
ポスト資本主義社会構築をめざす第三勢力・「民衆連合」
フランスでは、1950~60年代に貧困層と低学歴者は左派に投票し、富裕層と高学歴者は右派に投票するのが通例だったが、現在ではエキスパートやスペシャリストなど高学歴層が左派に投票し、高学歴者から侮蔑されていると感じている低学歴層が右派に投票する傾向が続いている。そのため左派政党が庶民階級の要求を無視し、中産階級向けの文化・社会的リベラリズムを優先するようになった。その結果、庶民階級が右派に投票するか棄権する傾向が強まり、左派は分断して弱体化してしまった。
その背景には、社会党のフランソワ・オランド氏がそうだったように、左派政権が右派票を獲得するため、ネオリベ政策を実行し、社会福祉を切り捨てるようになり、本来の左派支持層を失ってしまったことがある。「労働者を失うことは大したことではない」というオランド大統領(当時)の言葉が左派主導のネオリベ政策を象徴している。前回大統領選挙(2017年)の前、オランド氏はマクロン氏を「自分の後継者だ」と持ち上げ、マクロン氏は中道右派と中道左派の票を集めて勝利した。
だが、今回の大統領選挙第1回投票の結果を見る限り、フランス社会は①マクロン氏の「ネオリベラル保守」②ル・ペン氏の「極右」③メランション氏の「急進左派」―といいう三つのブロックに分かれ、勢力的に拮抗している。マクロン氏への投票率は大・中都市と豊かな郊外に住む中産階級以上のネオリベ支持者で高く、ル・ペン氏は表面的には「穏健派」の仮面を被り、マクロン氏のネオリベ政策に批判的な都市周辺部や農村の低所得層の支持を集めた。今回の大統領選挙でメランション氏は前回票から65万票増やし、770万票を獲得し、第3の政治勢力になった。
メランション氏は2006年に社会党を脱退して「左の党」を作り、ネオリベ政策を遂行する既成左翼の社会民主主義勢力と決別し、2012年に初めて大統領選挙に出馬した。メランション氏は現在の第五共和政憲法が大統領による独裁政治に陥りやすい非民主的性格を持っていると批判する。政策綱領の「共同の未来」では、マクロン氏の金持ち優遇のネオリベ政策によって、貧富の差と不平等が拡大し、気候変動がもたらす危機に備えて持続可能な社会を創出するため社会・環境政策の抜本的改革を訴えている。
医療・教育・公共交通など公共サービスの拡充や再生、不平等の解消はもちろんのこと、自然資源の過剰な採取を禁止し、水や大気、森林、食料、健康、エネルギーを「人類の共有財産」として憲法で保護しようとも提案している。「共同の未来」は全てを「商品」とみなす市場原理に抗し、「コモン(共有財産)の再生」の概念をベースに、ポストコロナ・ポスト資本主義社会の構築を模索するものだ。
「共同の未来」は、とりわけ18歳から34歳の若者に受け入れられている。2021年12月には、「屈しないフランス」という政党の枠組みを超えて、市民運動家や文化人、経済人、ジャーナリストなど多様な人々が「民衆連合Union Populaire」を結成し、「共同の未来」のキャンペーンを始めた。欧州では「左翼の敗走」(4)が伝えられる中、2022年4月のフランス大統領選挙におけるメランション氏の善戦は一筋の「希望の光」といえる。
(1)「ウクライナ危機の背景――欧州諸国は蚊帳の外」、ル・モンド・ディプロマティーク2022年2月号(日本語版2022年3月号)
(2)「NATOの前途」、同2019年11月号(日本語版2020年1月号)
(3)ele-king臨時増刊号 『黄色いベスト運動――エリート層の支配に立ち向かう普通no
人々』(Pヴァイン、2019年4月)
(4)「なぜ左派は敗北したのか?」、同2022年1月号(日本語版近日公開)
つちだ・おさむ
ル・モンド・ディプロマティーク日本語版編集委員、「だるま舎」編集長、元東京新聞記者。1954年金沢市生まれ、名古屋大学卒。著書に『調査報道』(緑風出版)、『日本型新自由主義の破綻』(春秋社、共著)など。
(現代の理論2022年夏号)
