POLITICAL ECONOMY 第315号 コーポレートガバナンス・コード改訂は前進か
金融取引法研究者 笠原 一郎
要点
1、今回のCGコード改訂は、企業の成長や企業価値向上につながる改革とは言い難い
2、有価証券報告書の総会前開示など実質的に強制することは、企業の自由な経営判断を阻害しかねない
3、企業の持続的な成長を促すには、経営者の自由な判断と創意工夫を尊重することが重要
この7月21日、東京証券取引所(東証)・金融庁より約5年ぶりとなるコーポレートガバナンス・コード(CGコード)改訂が公表1)された。CGコードとは、日本の企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を促すための上場企業ガバナンスの実現を目指す“指針”として、ソフトロー(法律の定めによりルールを厳格に守らせるハードローに対しての)の建付けで策定されたものである。
現状のガバナンスは形式的には整っているが
これまで多くの上場企業では、社外取締役の増員や指名報酬委員会の設置など、形式的なガバナンス体制は整ってきているとされるが、肝心の成長・企業価値向上にこのCGコードが役立っているかというと、果たしてそうなのか。むしろ形骸化して、多くの細目にわたる“要求事項”は、アクティビストたちの良き小道具と化しているかの様相を呈している。
こうした実態・指摘を聞いているかどうかは判らないが、東証・金融庁(この連名となっているが、筆者の実務経験からすると、東証は金融庁のほとんど“意”のままに動く“操り人形”である)は、有識者会議における議論(こちらも箔付けのための学者たちも参加しているところの)を踏まえて、今回の改訂が行われた。
今回のCGコード改訂について多少触れておくと、その構成をスリム化したとして、83項目ものあまりに多い“原則”という名の要求事項を、30項目にまで整理したと自賛している。しかしながら、このコードの実質的な対応を支援する役割を担うとして、詳細な“解釈指針”を付帯し、上場会社には対しては、ここに示された内容を参照しつつ対応を求める。実態上は、さらに詳細な事項にまで踏み込んでいる。ちなみに日本の取引所市場を独占する東証(東証自体も上場会社JPX傘下の”企業”である)は、このCGコード遵守を上場規則において義務つけている(本稿の趣旨とは多少離れるが、東証という一私企業による他企業経営への強制は独占禁止・自由な企業活動の観点からみて、果たして適切なものであろうか)。
今回のCGコード改訂は、ほぼ従前のものを形式的に再編したものだが、そのなかで実質的な追加項目としては、経営資源配分(キャピタルアロケーション)と有価証券報告書の総会前開示(早期開示)の2つが挙げられている。
経営資源配分に関しては、日本の上場企業のバランスシートにおける現預金等の金融資産が積みあがりに対しては、成長にむけた投資に有効に活用されていないのではないか、との指摘があり、これを受けたものとされる。この指摘はアクティビストたちが昔から、配当還元・自社株買いを促すための表向きの旗印に出してきていたものでもある。本来的には、どこの企業の経営資源を注入するかは、役人に言われる前に、経営者が経営判断としてすべき“業務”である。
誰も求めなかった3週間前開示を強制
もう一つの主要な変更点として、有価証券報告書(有報)の総会前開示(3週間前開示)を促すとことを原則に盛り込んだ。有識者会議メンバーである一橋大学の円谷教授は「これは実は企業側も、そして一部の投資家側も求めていなかった事項でした。そもそも日本では決算期と配当確定日と議決権確定日の3つが全部同時期にあるため、3週間前に有報を出すのは現実的ではない。世界ではこの3つの日程が重なっていないので株主総会前にアニュアルレポートが出せる。日本だけ制度が違うのに、有識者会議の一部メンバーから世界標準に合わせるべきだという主張が強くなされた形です」と雑誌のインタビュー2) で答えている。
この誰も求めなかった3週間前開示を、役人たちは解釈指針を付帯させることで“強制化”しようとしていた。さらに“世界標準”に合わせることが、成長・企業価値向上につながるものであろうか、確かに世界からお金の呼び込みに対する説明はやりやすくなるかもしれない。しかしながら、事細かに企業を縛れば縛るほど、企業成長の根源たる自由な活動から創造される成長への意欲を阻害してしまうのではないだろうか。
少なくとも、CGコードの原則についての実質的な対応を支援する役割を担うとする“解釈指針”という名の、時代遅れの役所の通達行政の焼き直し版など、余計なものではなかろうか。巨額の損失を計上して事業廃止に追い込まれた官主導の「クールジャパン機構」の失策・失政を見るまでもなく、役人が解説する“指針”によって、企業の中長期的な企業価値向上が促されることはないものと考える。本当に日本の企業の持続的な成長に資すようと企図するのであれば、下手な役人の“おせっかい”などは不要であろう。
1) コーポレートガバナンス・コード(2026年7月版)の公表についてー日本取引所グループ(2026年7月21日)。
2)日本は世界一「物言う株主」に狙われる国?ガバナンスコード改定で企業が「削れ」と迫った衝撃文言ー組織の病気~成長を止める真犯人~ 秋山進 | ダイヤモンド・オンライン(2026年6月2日)。
*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より
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