野生生物保全の世界 2 ブッシュミート食と鯨肉食を考える
西原智昭(国際野生生物保全協会 自然環境保全研究員)
30年関わってきたアフリカ・コンゴ盆地の熱帯林地域での野生生物保全に関わる大きな問題の一つはブッシュミート(獣肉)消費であろう。この地域の住民の生存にとって必要な主要タンパク源はブッシュミートであった。一つに、ニワトリ、ブタ、牛などの家畜肉が普及していないこともその一因である。ところが、動物愛護団体などからは彼らは「野生動物を殺し食べる残忍で野蛮な人種である」とアフリカ人は誹謗されてきた。
しかし、考えてみるに人類が誕生してから700万年の歴史というタイムスケールの中で、農耕・牧畜が始まったのはごく最近のことであり、それ以前はすべての人類の祖先は狩猟採集生活者であった。獣肉がタンパク源として不可欠であったことは疑いの余地がない。生存のための狩猟とブッシュミート食は、人類が築き上げてきた長大な年月に渡る伝統的な「食文化」と言える。アフリカのコンゴ盆地の住人はその食文化をごく自然に受け継いできているだけであって、一方的な価値観で否定するのは適切ではない。
問題は生業として食する分だけの野生動物を獲ることに対し、近年ブッシュミートが商業ベースとして拡大しそれが野生生物の保全にとっても驚異になっていることにある。しかしながらそうした過剰な狩猟を可能にしたのは、先進国由来の殺戮能力の高い武器の出現と、大量のブッシュミートの輸送を容易にした、森林伐採に伴う道路開発にある。この点、ブッシュミート・ビジネスは単にアフリカだけでなくグローバルな問題として捉えなければならない。
日本は国際捕鯨委員会を脱退した。ここでは、鯨肉食を「伝統文化」との関係で一考を投じたい。国際捕鯨委員会でも日本政府は「鯨肉食は我が国の伝統文化である」と主張し、「その食文化が国際捕鯨委員会で一向に認められず捕鯨を自由にできない」ために脱退したと説明。問題は、「鯨肉食」は日本国全体の「食文化」なのかという点である。
鯨肉が日本国民に広く行き渡るようになったのは戦後である。敗戦の食糧難を補填するために、捕鯨船が遠洋に繰り出され大量の鯨肉が市場に出回り、多くの国民の食卓を賑わした。しかし、この100年にも満たない国民全体への「食習慣」は果たして「日本全体の食文化」と言い切れるものであろうか。これは、数百万年以上の歴史を持ち広範囲に渡って日常食となっていた生存のためのブッシュミート食とは明らかに異なる。この時代に始まった捕鯨は、「ブッシュミート・ビジネス」に相当する「商業捕鯨」であり、生業としての「生存捕鯨」ではないからである。
確かに、遠洋ではなく日本の沿岸において、下関、釧路、石巻、太地などでは歴史的に捕鯨が盛んであった。しかもそれは生業としての捕鯨であり、大規模な商業捕鯨ではない。これらは各地域における「伝統文化」と称していいものであろう。イヌイットやアイヌなど多くの先住民族が生業活動の一環として「生存捕鯨」をしてきたのと変わるまい。これを、「クジラは賢いから、かわいいから」という理由で動物愛護団体等が否定するのは、生存のためのブッシュミート食でアフリカ人を蔑視するのと同等に不適切である。
しかしながら、戦後の商業捕鯨ベースの鯨肉食は生業とは無縁であり、その短いタイムスパンを考えても「伝統文化」とは言えまい。各地域の沿岸にて生業ベースで捕鯨を継続し「鯨肉食」を続ける以上に、日本が大々的に商業捕鯨を主張する根拠が不明であるのはこのためである。「伝統文化」という名のもと、「商業捕鯨」と「生業捕鯨」が混同されている点が問題である。
イルカ猟も特定の地域では長い年月引き継がれてきた生業活動であり、「イルカが血だらけになり殺害され食されるには残酷だ」なる中傷は適当でない。ただ近年の鯨肉需要の減退によりイルカ肉の消費も減り、従来のイルカ業が成り立たないと言って、イルカを生体捕獲しイルカショーのための水族館へ売却するのはいかがなものか。水族館で飼育する水槽が狭いゆえにストレス等で多くのイルカが短期間に死亡してしまう実情の中、ビジネス優先のイルカショーこそ生物多様性保全の文脈で見直すべき課題である。
われわれは「伝統文化」という言葉がきわめて曖昧なものであることを認識しなければならない。それはどれくらいの時間設定で考えるか、またどの地域・民族あるいは国単位で捉えるのか、慎重に吟味する必要がある。また野生生物の場合は絶滅危惧種や捕獲・捕殺可能な頭数などの科学的精査が不可欠である(そのために国際捕鯨委員会の科学部会があるのだが)。こうした情報なしで、軽々しく「伝統文化」を定義すべきではないことを強調したい。

ガボン沖のザトウクジラ(c)Tim Collins
(現代の理論 2019秋号)

