野生生物保全の世界 1 人類はエボラ熱とどう闘うのか(2019年夏)
西原智昭(国際野生生物保全協会 自然環境保全研究員)
コンゴ民主共和国でのエボラ出血熱の発生は1976年にウイルスが発見されて以来、今日まで9回に及んでおり、ぼくの仕事場である隣国・コンゴ共和国でも何度か発生している致死率の高い病気だ。アフリカ中央部コンゴ盆地や西アフリカの熱帯林地帯に限り起こっている。
そのウイルス発生メカニズムはいまだ不明だ。これまでの傾向からすると、ある地域で発生はしてもやがて収斂し、また忘れた頃に発生する。ウイルスによる致死率は高いが、ウイルスの密度は現時点ではさほど高くなくウイルス自体も強くないようだ。ウイルスに感染している人間や動物の体液などに触れたことによる直接感染であるため、感染力も強くなさそうだ。
ではなぜウイルスが発生するようになったのであろうか?これまでの獣医などによる研究の中で最も有力な説は、エボラウイルスは熱帯林に住むフルーツバットを宿主としてその体内に共生してきたが、そのウイルスが人間を含めたそれに対して耐性のない動物に触れる機会が多くなってきたためであるというものだ。その原因は急激な森林減少であると考えられている。これまでもウイルスは宿主コウモリと共生しながら、唾液などの体液の付着した果実の食べ残しも森林に多く落ちていたであろう。しかし森林が減少し分断化されてきたことで、ウイルスが付着している可能性のあるそうした体液付き果実の破片などに、果実を好んで食べる野生動物が触れる確率が高くなってきた。その結果、ウイルスに耐性のないサルや類人猿(ゴリラ、チンパンジー)などに感染しやすくなったのだ。
それが人間にまで波及した理由は、アフリカの森林地帯に住む住民は、伝統的に野生動物の獣肉を食べる習慣があり、その中にはサルや類人猿、そしてコウモリも含まれているからだ。食べる前の解体時や調理時にそうした動物の死体とその体液に触れることは不可避であり、そうした人々が死に至った。また、ウイルス患者に触れた病院スタッフやウイルスによって死亡した死体に触れた者も相次いで死んだ。
治療法は発見されておらず、現在,安全性や有効性が確立された予防ワクチンや治療薬は存在していない。手洗いを励行する、エボラ出血熱の患者・遺体・血液・嘔吐物・体液や動物に直接触れない、感染者が発生している地域に近付かない、感染者又は感染の疑いがある人との接触は避ける、野生動物の肉(ブッシュミートやジビエと称されるもの)を食さないことなど勧告されている(外務省の安全情報ページ『コンゴ民主共和国におけるエボラ出血熱の発生』2018年5月19日)。
今後は保健医療分野でのワクチンや治療薬の開発は重要であろう。しかし、それはウイルスの感染拡大を防ぐには役に立っても、ウイルスそのものの発生頻度を抑えることにはつながらない。やがてエボラウイルスは、インフルエンザのウイルスなどと同様、進化する可能性も大きいため、そうした医療開発もあくまで暫定的なものといえる。急速な森林破壊が原因であるとするのなら、その方面での解決が迅速に望まれるのは言うまでもない。
アフリカの森林破壊の原因としては、熱帯材目的、鉱物資源開発、農地のための開発などが挙げられる。現地の住民の生活のための農地開発はそれほど大規模ではないが、熱帯材、鉱物資源、広大な農園による農産物を必要としているのはわれわれ先進国民であることをまず知らなければならない。しかしその一方で、GDPが決して高くないこうしたアフリカ諸国の経済発展には、森林開発による自然資源の切り売りが不可欠であることも忘れてはならない。貨幣経済の中で地元の住民の就職口の大半もそうした外資系の開発企業であるというのが事実だ。さらに、野生動物の獣肉を食べるのはこの地域のアフリカの住民の伝統的な食文化であり、「野生動物の肉を食べるな」とは言っても、代替タンパク源が十分にない日常生活で、「食の安全保証」をどう考慮するのであろうか。
いまSDGs(2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2030年までの17の国際目標)がブームである。エボラ問題では、保健医療分野(目標3)だけでなく、森林保全(目標12と15)、経済効果(目標1と8)、 食の保証(目標2)などが関わってくる。現在必要とされるのは、一部の専門分野だけの単視眼的でないこうした分野の超えた統合的な視点からの議論と解決策なのである。
参考図書:
デビッド・クアメン著 エボラの正体 死のウイルスの謎を追う.
(西原智昭による解説付き: 187―196頁) 日経BP社(2015年1月)
(現代の理論2019夏号)


