若者が安倍政権を支持するのは理由がある 野党は反緊縮の対案を 2019年春
松尾 匡(立命館大学経済学部教授)
2018年11月10日に行われた「経済分析研究会」での筆者の報告「ポストアベノミクスの経済政策を考える」の概略を2回にわたって紹介する。詳しいデータ、グラフ、出典は、下記にある報告スライドを参照されたい。
また、次の文書掲載の拙稿でも同様のことを論じている。インターネットで検索して雑誌のPDF版をご覧いただきたい。
「消費者法ニュースNo.114」特集記事が読めます。
若い世代は景気や雇用を重視
2018年に行われた知事選挙を例にとろう。京都での共産推薦候補の善戦、沖縄での玉城候補の圧勝は、前向きの経済政策を表に出したのが大きな一因。両例とも若者の支持は悪くない。対して新潟のケースは全野党共闘を実現しながら、前回勝利した社共由推薦候補は強調していた経済政策が今回はほとんど見えず、比較的若い層が離反して負けている。特に、池田候補は小泉純一郎元首相の講演にかけつけて激励を受けているが、細川護熙東京都知事選候補のケース同様、それでロスジェネ以下層で票が逃げた可能性がある。
内閣支持率も自民党支持率も上がり下がりはあるが結局高く、歴代内閣と比べて高い水準で持続している。野党支持率は束にしても自民党支持率にそれに及ばないし立憲民主党の支持率は下がっている。
特に若い世代ほど内閣支持率は高いし、自民党への投票率も高い。
しかし2017年3月の時点では、若い世代ほど憲法9条改正は不要とする意見が多かったし、中国や韓国に親しみを感じる割合も若い世代ほど多い。若い世代は景気や雇用を重視する割合が高く、いわゆる「アベノミクス」への評価も高い。
これは有権者全体にも言えることで、安倍政権の法案強行や政治姿勢はどれをとってみても反対の世論の方が多い。しかし有権者は景気や雇用を社会保障とともに政策として最も重視しており、「アベノミクス」に対する評価は他の施策に対するものよりも高い。
小泉改革と長期不況で生活が悪化
世論は暮らしが苦しい者が多数派だが、安倍政権以後その割合は微減しており、複数の社会調査で、人々は民主党政権までと比べて安倍政権期になってから確然と景気の改善を実感している。
長期不況の打撃は非常に深刻である。暮らしが苦しいと答える割合は、バブル崩壊後、長期にわたって増加し続けてきた。直近2017年の数値55・8%も、バブル崩壊直前の1・6倍ある。
例えば、一人当たりエネルギー摂取量や一人当たりタンパク質摂取量は長期不況中低下し続け、最悪時2011年は戦後期並み。20歳代のエネルギー摂取量は失業率と逆に動いている。男性自殺死亡率は男性失業率と安定した順相関があり、デフレ不況突入で失業率が急増することで自殺も急増した。就職氷河期に学卒したロスジェネ世代では、多くの人が正規就職できないまま年齢を重ねており、40歳代で貯金がない割合は、2007年と比べて2016年は倍以上になっている。
この状況をもたらし、リーマンショック後の対応を誤った自民党を破って成立した民主党政権は、しかし有権者の期待に応えることに失敗した。名目GDP、就業者数、正規雇用、賃金の総額、世帯所得、民間平均給与、特に高卒初任給、パート・アルバイト時給、学卒者就職率などが、民主党政権下で低迷し、安倍政権下で増加している。よく言われる実質賃金の低下は民主党政権期から始まっており、その原因は民主党政権下では名目賃金の低下による。それに対して安倍政権下では物価の上昇によるが、それは消費税率引き上げ後に目立っており、それが民主党政権下で決められた思い出がある以上は、人々の不満が安倍政権への不支持につながりにくい。「子どもの貧困率」も民主党時代まで増加していたのが、安倍政権になって低下している。それは依然7人に1人とひどい状況にあるのだが。
つまり、安倍政権下の改善は人々の暮らしを元に戻すには程遠いが、新自由主義改革と長期不況で苦しめられてきた大衆、特に若者や、雇用が不安定な層には希望を与えており、これらの層は、野党が政権をとって経済が不安定になることを恐れて安倍首相の経済政策にすがりついていると言える。
カネの出し方をつつましくする 政治勢力は見捨てられる
野党が大衆の支持を獲得できていない現状に対して、既存野党とは違う対案を作ろうとした左派・リベラル派の側からの試みはこれまでことごとく失敗してきた。未来の党の9勝112敗の大失敗が典型だが、緑の党もみどりの風も「国民怒りの声」も議席ゼロに終わっている。やはり、「脱成長」のスローガンなどが、長期不況の犠牲者や若者に救われない気持ちを起こさせるのだろう。
他方、世論が保守化してリベラルなイメージが嫌われていると勘違いした政治家が、旧民進党からリベラル色を払拭する再編劇を再三しかけたが、今や希望の党も維新の会も泡沫化している。先の総選挙での希望の党の公約は、財政削減を掲げ、金融緩和に依存しないことを唱えた緊縮公約である。小池百合子の「排除」発言の以前から、若者世代の希望の党支持率は低かった。
左翼やリベラルのイメージが嫌われているのではない。左右を問わず倹約的イメージが嫌われているのである。これは世界中で起こっていることである。
80年代以降新自由主義勢力が緊縮・民営化・規制緩和を推し進め、ごく一部のグローバルな大企業と富裕層ばかりが大儲けして、多くの人々が貧困や失業や教育・医療費・介護の負担に苦しむようになったが、これと闘うはずの中道左派やリベラルと言われる政治勢力は、多少これをマイルドにしたようなことをするだけで、やってきたことはほとんど変わらず、大衆の状況を改善することができなかった。そこでこの状況への大衆の反発が、一方では、トランプ、ルペンなどの極右ポピュリズムの隆盛をもたらし、他方では、サンダース、コービンのような急進左派のポピュリズムの隆盛をもたらしている。
トランプは、伝統的保守派が金融引き締め志向を持っていたのと異なり、金融緩和姿勢に転換し、いわゆる金利の「正常化」を遅らせようとしている。また伝統的保守派が財政縮小志向を持っていたのと異なり、大規模なインフラ投資を提唱して大統領選に勝った。フランス国民戦線(現国民連合)のルペンは、福祉国家モデルを擁護し、財政緊縮に反対して低所得者への給付金を唱え、民営化に反対し、金融規制を強化しようとするなど、昔の左翼政党と見紛う経済公約を掲げて、大統領選挙の決選に進んだ。
一つの典型はハンガリーのオルバン極右政権の経済政策で、中央銀行の独立性を否定して金融緩和させ、その資金でインフラ投資して経済を拡大させた。その結果国民の圧倒的支持を得て、これまで選挙で国会の3分の2を制圧する圧勝を3回続け、人権概念や法治原則を否定する強権政治を推し進めてきた。
日本における安倍一強も紛れもなくこの一環である。
野党は反緊縮の対案を
もっとも、安倍政権には旧来の新自由主義混じる中途半端さがある。「第三の矢」の構造改革路線に位置する、規制改革や高プロ、TPP、法人税減税はまさにその路線である。財政再建を掲げて消費税率を引き上げ、社会保障を中心に政府支出の伸びを抑制してきたのもそうである。
安倍政権期の実質GDPの推移を見ると、大きく見て実質政府支出の動きをなぞっていることがわかる。すなわち、政権発足後一年足らずの間は、公共事業の大盤振る舞いで政府支出を増やし、それに合わせて実質GDPも増大したが、その後は実質政府支出の伸びは抑えられ、それに合わせて実質GDPも頭打ちになった。2017年以降やや上振れしているが、世界経済が落ち着いていたため輸出に支えられたものである。おまけに消費税率引き上げによって実質消費は約3%ランク落ちしており、今も消費税率引き上げ前の駆け込み需要以前の正常な水準にようやく達したかどうかというところで推移している。この消費の落ち込みを、金融緩和の効果の円安による輸出の増大と設備投資の増大で埋め合わせて、やっと景気を維持してきたと言える。
もちろんそれでは選挙に勝てないことは官邸もわかっているので、選挙前になると公共事業を増やして景況感を高めて選挙に勝っているのだが、財政規模を抑える縛りがかかっているので、結局社会保障にしわ寄せがくる。
それでも左派側が、安倍政権側よりももっと景気のいい対案をアピールしないせいで負けているのである。
多くの欧米が日本と違うのは、左派側から派手な反緊縮政策を提唱する勢力があることである。先述のサンダース、コービンなどの左派ポビュリズムである。2018年の米中間選挙ではサンダース派が躍進した。現在コービン労働党の支持率はメイ首相の保守党を超えている。
(つづく)
松尾匡(まつおただす)
1964年石川県生まれ。金沢大学経済学部卒業、久留米大学教授を経て、2008年から立命館大学経済学部教授。専門は理論経済学。
(現代の理論 2019春号)


