絶滅に瀕しているマルミミゾウ 世界最大の象牙消費国日本で象牙利用を問い直す

西原 智昭(国際野生生物保全協会コンゴ共和国) 

野生生物は使われるだけの資源なのか

 化石燃料や鉱物など地球上の資源に限界があるのは周知の通りである。人類はいまもなおそれに依存し利用しているが、そうした資源は再生しないのでいつかは尽きる。一方、人類は動物・植物など生物をもこれまで利用してきている。食材だけでなく居住や衣装の素材として不可欠である。多くの日本人が依拠している海水魚も、紛れもない野生海洋生物である。しかしそうした野生生物も単なる資源とみなしてよいのであろうか? 野生生物は化石燃料や鉱物と異なり、地球自然環境の生態系を維持していくための生物学的な役割である生態系サービスを持つ。したがって尽きてしまってはいけない。家畜や養殖物、農産物など人類が継続的に利用できるような人為的な生物の産物は除いて、こうした野生生物は人類が利用するだけの代物ではないことに、留意したい。
 一方、長い人類の歴史の中で野生生物、特にその身体の一部を利用してきた。それは場合によっては他の生物には見られない特殊な「文化」というものを形成してきた。なにをもって「文化」と呼ぶか(どれくらいの期間・規模で継承されてきたか)についての議論は別にして、人類の中で象牙利用はその一つと考えられる。日本も大きくそれに関わってきた。

野生のマルミミゾウの群れ(c)伊藤彩子

人類による象牙利用

 象牙は古い時代から人類によって利用されてきた。古くはゾウの祖先であるマンモスを肉目的で狩りをしたのち、質のよさが発見された象牙を使って装飾品やアクセサリー等が作られた。そうした歴史はその後の歴史で、特にヨーロッパ勢によって加速された。奴隷貿易時代、植民地時代などに大量のアフリカゾウの象牙が欧米に輸出され、日常の装飾品だけでなくビリヤードの玉やピアノの鍵盤などにも使用されてきた。
 アジアゾウの生息するアジアでは多くの国・地域でゾウは尊重される対象であった。したがってむやみにゾウを殺すことはなかったが、長い歴史の中で一部のゾウは家畜化され、丸太を運んだり戦争時の王様の乗り物などとして利用された。その一方で家畜ゾウの象牙は場合によっては危険であるという理由から一部切断され、そこから装飾品やアクセサリーが作られた。ゾウは神聖な動物であるが故に、その象牙はご利益のあるものとして特に仏像の彫り物などに使用された。
 その後、日本と中国に大量の象牙が出回るようになったのは1960年代以降である。特に日本は世界最大の象牙消費国となった。これは高度成長期時代に端を発した象牙製の印章の普及によるところが大きい。ただ象牙製の印章が広まったのはたかだか50年という歴史であり、「文化」とは言えまい。印章よりも象牙製品を数百年にわたって利用してきたのは、三味線の撥(ばち)や箏(そう)の爪など邦楽器の一部である。しかも歴史的に日本での象牙利用ではマルミミゾウの象牙が「ハード材」と呼ばれ重宝されてきた素材だったということを知らなければならない。特に、邦楽の分野では優れた音へのこだわりから、いまだにその素材への固執が強い。

三味線の象牙製撥(c)PIXTA

 注意すべき点は、象牙を手に入れるにはゾウの殺害が最も手っ取り早いという点である。象牙はゾウやその祖先種の門歯が発達したものである。われわれ人間の歯にそれを支持するため歯槽骨(歯茎)に挟まっている部分があるように、象牙も頭部下部に深く入り込んでいる。この理由のため、われわれが歯を抜くのが容易でない以上に、生きているゾウから象牙を採取するのは不可能である。そこで殺害し、斧やのこぎり、山刀を駆使して、象牙を抜き取る。昨今ではAK47砲など殺傷能力の高い自動小銃が出回り、大量の象牙を採取するためにゾウが一度に大量に殺害される事例もある。
 ゾウに関して日本において横たわる大きな問題は、「ゾウを守る側」と「象牙を利用する側」との対立が絶えないことであった。「守る側」の大半は「ゾウはかわいいから、賢いから、かわいそうだから」という感情的な理由であった。こうした根拠で「利用する側」を一方的に非難してきたことが問題なのである。結果的にこれまで継承されてきた象牙利用文化の歴史や理由を尊重されず攻撃されているだけだと感じた「利用する側」と「守る側」との対話は平行線を辿るだけとなったのである。また「野生ゾウの頭数は減っている」とも主張するが、これは地域やゾウの種類により異なる場合もあるのでその文脈に気をつけなければいけない。ただ現実には、1989年以降ワシントン条約にて象牙の国際商取引が禁止されたあとでも、今日までゾウの密猟と象牙の違法取引は継続中であり、特に野生のマルミミゾウは絶滅の危機に瀕しているという事実である(Maisels, F. et al. 2013.)。

象牙目的のマルミミゾウの密猟死体

マルミミゾウの保全とその生態系サービス

 マルミミゾウはアフリカ中央部の森林地帯に生息するゾウであり、アフリカの草原地帯に棲むサバンナゾウ(通常アフリカゾウとも呼ばれる)に比べ小型のゾウである。WCSの広域調査により、マルミミゾウの生息数は過去10年間で60%以上減少、絶滅の危機に瀕している。これは、象牙目的の密猟が絶えないからである。ただ日本人としてこれは遠い出来事ではないのはすでに述べてきたことである。
 マルミミゾウの保全は地球環境にとって必要不可欠である。それはマルミミゾウの持つ「種子散布」という重大な生態系サービスによる。熱帯林の中は見通しが悪く、マルミミゾウを直接観察し追跡することはほぼ困難である。近年研究者は何頭かのマルミミゾウに衛星探知機を付け、それによりマルミミゾウの移動範囲や距離を明らかにした。個体によれば年間数百㎞も移動する個体があるのが発見された。熱帯林の多種多様な果実を食べるマルミミゾウは、その種子の多くをそのまま嚥下し糞の中に排出する)。糞は天然の植木鉢のような役割を果たし、植物の芽生えは単に地上落下した果実の種子からの芽生えよりも確率が高い。糞の量が多い上、種子の種数が多様であり、かつ長距離移動により糞がより遠くまで様々な環境に運ばれる点から、マルミミゾウは次世代の植物の発芽と成長には多大な貢献をしていることになる(西原2012a)。
 したがって、マルミミゾウの頭数の減少・喪失は熱帯林の生物多様性とその保全にも多大な負の影響を与えるものと考えられている。ただでさえ、アフリカの熱帯林は木材需要や、鉱物資源開発、人口増加に伴う人間の居住地や農地拡大のために拡大的に森林は失われつつあり、マルミミゾウの生息域が消失するだけでなく、密猟によるマルミミゾウそのものの頭数減により森林再生もおぼつかないのが現状である。こうした熱帯林の破壊と自然再生の困難さは、大きな二酸化炭素吸収源を喪失することから、地球規模の環境異変にも大きく関わってくる。

マルミミゾウの糞からの芽生え(c)杉本加奈子

自然遺産か文化遺産か?今後の課題

 目の前の課題は、マルミミゾウという地球上の自然遺産の保全と、邦楽とそれをベースとする歌舞伎や浄瑠璃等の文化遺産の継続との間に横たわる溝とバランスをどのようにすべきか、日本人一人ひとりが考えるべきことである(西原2014)。同時に、本象牙から最終象牙商品までの透明性が欠如していること、象牙製品のネット販売に対する厳しい管理ができていないことなど、象牙管理に関わる日本国内の制度にはいまだ不完全さがある(西原2012b)。この現状で、その制度の抜本的な改善がなされない限り、象牙製品の購入は控えるべき旨を筆者は広く通達してきた。また世界中の国々がその国内象牙市場を閉鎖する方向にあるのに、管理制度が十全でない日本がいまだに市場を開いたままであるのは理解に苦しむ。
 その一方、筆者は、邦楽の演奏者や邦楽の楽器を制作する楽器商、邦楽・伝統芸能関係のメディアと学者、さらに素材関係の科学者と2014年以来連携を組み、2016年に任意団体「和楽器の未来を創る研究会」を立ち上げ、マルミミゾウの保全と邦楽演奏という文化遺産の継承をともに可能にするために、分野を超えた議論を通じて、象牙に代わる新素材の開発を手がけてきた。現在、大学の素材科学研究室において、実験室レベルで、マルミミゾウの象牙と同じ「硬さ」「吸湿性」という特殊な性質を持つ素材の開発が継続中である。2018年3月段階では、かなり求めるべき素材に近い小さなブロック(直径約8㎝)が完成し始めている。
 今後の展開としては次の点が挙げられる。1、 楽器商との協力で、現時点で出来上がっている素材を使って撥の先端や箏の爪を作り、プロの演奏家に実演をしてもらいその感触を検討してもらいつつ、さらなる新素材の品質改善を目指す。2、 さらに大きなブロックの作成には、大掛かりな装置や資金の必要性からしても素材関係の企業との連携が不可欠となるため、協力可能な企業を探していく。3、日本の伝統芸能と関わる問題であるため文化庁に繰り返し陳情し、文部科学省や環境省、経産省との連携で、新素材開発を国家プロジェクトとして立ち上げるよう継続要請する。4、 新素材の流通を広めていくため、マルミミゾウの象牙がバイオリンやピアノの鍵盤など楽器の一部に使われてきた洋楽器部門や、素材としての汎用も可能な印章業界にも働きかけていく。5、 こうした事情をさらに多くの人に広めていくために、教育普及の機会を増やしていくなどがあげられる。
 最後に忘れてはならないのは、人類の長い歴史の中でアフリカの熱帯林に依拠して狩猟採集生活を送ってきた先住民族ピグミー(筆者注:ピグミーは蔑称扱いされるが本稿では便宜上こう称する)の生活様式、伝統文化・知恵・技能などが継承されていないという事実である(西原2016)。要因はすでに述べた森林そのものの消失だけでなく、定住化政策、貨幣経済の浸透、近代教育やキリスト教の普及など他にもある。その詳細は『現代の理論』(2017秋号)の拙稿(西原2017)に譲るが、われわれ現世文明人は人類発祥と進化の地で生活し元来の人類のあるべき生活様式や生き方を学ぶ前に、先住民族の伝統文化を失いかけているという現実と向き合わなければならない(西原2018)。
▲参考文献
 Maisels, F. et al. 2013. Devastating Decline of Forest Elephants in Central Africa. PLOS ONE March 2013, Volume 8, Issue 3, e59469: 1-13.
 Nishihara, T. 2012b. Demand for forest elephant ivory in Japan. Pachyderm, 52 July-December: 55-65.
 西原智昭(翻訳)2012a. 知られざる森のゾウ‐コンゴ盆地に棲息するマルミミゾウ‐(ステファン・ブレイク原著)・現代図書。西原智昭2013. 森のゾウが消える―マルミミゾウの頭数激減と象牙需要.岩波科学 岩波書店。西原智昭2014. 象牙の現状とこれから.邦楽ジャーナル Vol. 329。西原智昭2016. 森の先住民、マルミミゾウ、そして経済発展と生物多様性保全の是非の現状「アフリカ潜在力 第5巻 自然は誰のものか 住民参加型保全の逆説を乗り超える」(シリーズ総編者 大田至、編者 山越言、目黒紀夫、佐藤哲)京大出版。西原智昭2017・アフリカ熱帯林と先住民族ピグミーのいま?森の人々の暮らしと伝統が壊れていく 先住民族研究会報告 現代の理論・社会フォーラム 2017秋号。西原智昭2018・コンゴ共和国 マルミミゾウとホタルの行き交う森から・ 現代書館
■この原稿は、2018年4月7日開催の「先住民族問題研究会」(代表者・尾本恵市氏)にて、同様の題名で発表された筆者による講演に基づくものです。

(現代の理論2018夏号)