沖縄の助産婦、海をあるく(2)陣痛とフラッシュバック
トルネイドまーりー
陣痛の度に、自分や他者を責める激しい言葉を吐き出し、帝王切開にしてほしいと嘆願する。産婦は、パニック気味。しかし、赤ちゃんの心音は元気だ。「帝王切開にする医学的適応がない」と告げる私。彼女の痛みはかわってあげることができない。陣痛を止めることもできない。陣痛の強さ、間隔を調節しているのは、赤ちゃんだろう。お産が始まり6時間経過した。やっと子宮口開大5センチ。児頭の位置は高い。経産婦にしては、進行が遅い。
首にへその緒が巻いてる時、赤ちゃん自らが陣痛を弱め進行を遅くする。狭い産道でスピードを飛ばすと、巻きつきが強まり苦しいからだ。また、回旋異常があれば、赤ちゃんは逆向きに廻り、骨盤内になかなか降りてこれない。腰や仙骨が激しく痛む。オイルマッサージし、肛門を押さえ、会陰部をホットタオルで温めながら、「あなたにはできる」と励ますしかない。赤ちゃんが骨盤内に降りてくるのを待つしかない。メキシコで伝統的に産痛緩和や回旋異常を直すために使うレボゾという布がある。布を巻いてお尻を揺すっているうちに赤ちゃんが廻ってくるのだ。しかし、動けない彼女にレボゾを試すことはできなかった。「痛い!」と言うかわりに、赤ちゃんの名前を呼ぶよう提案した。産婦が意識をむけると、赤ちゃんは協力してくれる。性別を聞くと、女の子だという。これは絶対にいける! 時間はかかっても帝王切開の適応ではないと確信した。
久高島を訪ねた際、神職が、七つの海の航海の安全と男の子の健康を祈願すると聞いた。なぜ、女の子のためには祈らないのか? 「イナグヤナナバチ(女は七つの罰をもって生まれてくる)」というたいへん厳しい言い伝えが沖縄にはある。神職の応えは単純。女の子は強いから祈る必要がないと。納得はした。生まれたときから女の子は強い。美輪明宏さんも「強い男と弱い女はみたことがない」という。それでも女の子の幸せのために祈ってほしい。男の子には最初から下駄を履かせ、女の子が社会に出るには、世界125位の格差をつけられ、荒波を生きていかねばならないのだから。
陣痛発来から半日近くして、子宮口が全開大した。「もうゴールだよ」と伝えると、彼女は最後の力をふりしぼり、夫の肩に両手をのせ、重力の力を借りようとよつばいになった。赤ちゃんが産道の一番狭い恥骨をくぐろうとする時、児心音低下から回復はしたが、高度な頻脈になった。お産を急いだほうがよいサインだ。仰向けに体位を変え、膝を抱えて骨盤がさらに開くようにし、いきみを3回位入れたところで無事に赤ちゃんが来てくれた。やはり首にへその緒が1回巻いていた。すぐに元気な産声をあげ、30分もしないうちに自分でおっぱいを探し、吸いついた。母は仙骨尾骨が痛む。後陣痛も強い。けれど胸に我が子を抱き上げて「かわいい」と微笑んでいる。愛情ホルモンといわれるオキシトシン分泌が一番高まっている時だ。
ホッとしたものの陣痛とともに彼女が発した言葉を思い出し、怖くなった。『性暴力サバイバーが出産するとき』(フィリス・クラウス、ペニー・シムキン著 監訳・白井千晶、ともあ)という本で、陣痛がトリガーになり、過去のトラウマがフラッシュバックすることがあると学んでいたから。彼女が性暴力や虐待の被害にあっていたかどうかは不明だ。よほどの信頼関係がなければ、開示しないだろう。この本では、出産する人にとって最も有用なケアには、①一人の医療従事者による継続的なケア②懸念事項を話すための十分な時間がとれる健診③自分の専門分野だけでなく、子どもの頃の性的虐待がサバイバーの出産経験に影響を与えることを知っている人の存在が必要…とある。出産する人の型破りな要望やニーズにどこまで対応すべきか? 細かい要求は、実は潜在的な恐怖や不安の表れかもしれない。「反射的傾聴」(聞き手が話し手の言葉を正しく理解したことを示すために、話し手が言ったことを別の言葉で置き換えるコミュニケーション方法)を用いて、自分の本当の問題を理解し、一緒に解決できるよう提案する。そうして得た信頼関係が回復に向かう第一歩となる。
妊婦健診から継続的に彼女と信頼関係を築けていたら、お互いにもっと安心して穏やかなお産ができたのではと悔やまれる。しかし、この本には「妊娠、出産がトリガーになり、再トラウマ化が起こってしまう可能性もあるが、妊娠、出産でエンパワーされて、子どもの頃の自分を慰めることができ、過去のトラウマを癒すきっけにもなることもある」と書かれている。自戒を込めて、女性が自分で決められない、コントロールされていると感じる医療のパターナリズムに陥らないよう、女性が主体的になれるよう、お産をサポートしていきたい。
(現代の理論 2023秋号)
*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より


