前嶋和弘 分極化の中の米大統領選

果たして民主主義は守れるのか    

前嶋 和弘(上智大学教授) 

2024年11月に行われる米国の大統領選挙は、現職のジョー・バイデン大統領と共和党の候補者指名争いで圧倒的な強さを見せたドナルド・トランプ前大統領という2020年と同じ顔ぶれによる闘いとなる。混迷する世界情勢に大きな影響を与えると見られているこの対決の行方について、上智大学の前嶋和弘教授に解説いただいた。(2024年5月1日インタビュー)

南北戦争以来の激しい対立

 いま米国社会では、史上まれに見る二つの現象が同時に起きています。
 一つは分断です。国民の間で保守派とリベラル派が激しくぶつかり合い、議論さえ成立しない状態が続いており、この対立は、「南北戦争以来」と言われることもあります。南北戦争のときは銃を持って自国民同士で殺し合いましたが、いまはSNSを通して罵倒し合っています。その延長で起きたのが、2021年1月6日の議事堂襲撃事件です。
 さらに左右二層で対照的に分かれた拮抗状態にあります。現在の連邦議会の議席は、上院が51対49でわずかに民主党が多数派が上回り、下院は22年の中間選挙で共和党が多数派を奪還しましたが、それも僅差でした。
 この分断と拮抗の中、二つのイデオロギーで棲み分けが生じているだけでなく、それぞれの結束が強まり、保守層はより共和党支持、リベラル層はより民主党支持となる傾向にあります。それに伴い共和党はどんどん右へ、民主党はどんどん左へ向かい、相手とは異なる極端な政策をとるようになり、それが実現化しています。トランプ政権時、極端な右寄り政策が採られたように、バイデン政権もより左の意見が通りやすく、たとえば気候変動対策などが厳しいものになりました。大きな政策変更を行うと相手側から猛烈な否定論が出て、分極化はさらに深まっています。その様相はもはや病んでいるといっていいと思います。
 かつては民主・共和両党ともに中道が強く、両党間の妥協は比較的容易でした。それがこの30年でどんどん分極化が進んでいきました。ではこの間なにがあったのか。一つはソーシャルメディアの発達が挙げられます。SNSを通じて同じ考えや思想を持つ人々が結びつき、異なる意見を排除して閉鎖的になる現象を「フィルターバブル」と呼びますが、ネットでデマが流れるようになったオバマ政権のころからそうした傾向がより強まっていきました。
 21年1月の議会襲撃事件が起きたのは、「『トランプ』と書いた郵便投票の用紙が捨てられた」とか「電子投票のタッチパネルが不正改良された」といった陰謀論が拡散し、多くの人々が、「バイデンや民主党が選挙を盗んだ」と信じたためです。もちろん、それはまったくのデマで、「電子投票機のプログラムが書き換えられた」と報じたFOXニュースは、投票機メーカーから訴えられ多額の賠償金を支払いました。にもかかわらず、いまでも共和党支持者の約7割が陰謀論を信じています。
 こうした現状に、世界中の内戦勃発のメカニズムを研究する政治学者のバーバラ・ウォーター氏は、「米国が内戦に向かう可能性を否定できない」と警告しています。

トランプの真の敵は「WOKE」

 トランプが保守層から高い支持を得ているのには、いくつかの要素があります。
 トランプといえば、「怒れる白人たち」のシンボルというイメージがありますが、この勢力は、トランプが大統領候補として出てくる以前、09年のティーパーティー運動から結束し始めました。「Tax Enough Already(もう税金はたくさんだ)」の頭文字をとったこの運動は、表向き、バラク・オバマ政権が進める経済・社会保障政策への抗議を目的としていましたが、実態は白人至上主義の運動です。参加者は減税など関心がなく、「オバマのような黒人の言うことは聞きたくない」という人たちばかりでした。これが数年後、トランプ支持の運動へつながっていったのです。
 ただ、「怒れる白人たち」は割合としてそれほど大きくありません。16年の大統領選でトランプの最大の支持勢力となったのは、人口の20~25%を占めるキリスト教福音派でした。福音派の8割以上は共和党に投票します。聖書を絶対視するこの人々は気候変動はもちろん、進化論さえ信じておらず、妊娠中絶は許されないと考えています。トランプは、福音派を代表する政治家として知られていたインディアナ州知事のマイク・ペンスを副大統領に据えることで、共和党の一番厚い支持層を取り込みました。
 さらにトランプは、大統領に就任すると、長年続いてきた福祉国家路線を見直し、「小さな政府」への志向を強めていきました。内容も問わず規制緩和を推し進め、金持ち優遇減税を断行するのを見て、産業界の共和党支持者たちもトランプを応援し始めたのです。
 こうして福音派と産業界という共和党の一大支持層に加えて「怒れる白人たち」という少数だけれど熱狂的な勢力を味方につけ、トランプは保守本流となりました。いまや共和党はトランプ党といっても過言ではありません。
 トランプ陣営がもっとも敵視しているのは、「WOKE」です。「WAKE」(目覚める)から由来する言葉で、多様性を求める動きを指します。「WOKE」の価値観は、妊娠中絶を認め、人種差別・ジェンダー差別を許さないので、福音派や「怒れる白人たち」の思想に反します。また、世界最大のエネルギー産出国である米国の産業界にとって、生物多様性のための気候変動対策は都合が悪い。このためトランプとその支持者たちは、国内の「WOKE」勢力こそ真の敵と考えています。
 トランプがロシアに友好的なのは、プーチン政権がゲイや同性婚に対して厳しい政策を敷くなど国内で「WOKE」を抑圧しているからです。ただ、さすがにロシアと連携はとれないので、ハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相はじめとした権威主義的な政権と反「WOKE」の国際同盟のようなものを作ろうとしています。

イスラエル政策に対する意識変化

 大統領選、とくにバイデンの続投に影響を与えると思われる要素の一つに、中東ガザでの戦争があります。
 イスラエルの攻撃でパレスチナ人の犠牲者が3万人を超えてもなお米国はイスラエルへの武器供与を止めようとはしません。そんな中、イスラエル全面支持が圧倒的だった米国内で、少しずつ意識の変化が生まれ始めています。その中心は20歳から25歳くらいの若者たちです。
 彼らが生まれる以前の1993年、イスラエルとパレスチナ自治区の間でオスロ合意が締結され、二国間共存をめざす方向性が確認されました。しかし、その後もイスラエルはごり押しを続け、合意内容からどんどん遠ざかっていったのはご存じの通り。幼いときからその横暴を見てきた米国の若者たちは、同国へ反発を抱くようになったのです。コロンビア大学で学生たちがイスラエルやこれを支援する政府に抗議の声を上げたのは、米国内の意識変化を象徴する出来事です。同様の闘いはいま全米に広がっています。
 また、イスラエル支援に消極的な非白人層が増えており、25歳以下では白人はマイノリティになりつつある。それに伴い若年層で価値観の多様化が進んでいます。
 ただ、意識の変化が起きているとはいっても、米国全体で見ると、「イスラエルはやりすぎだ」と捉えている割合は、せいぜい5割程度です。しかもその大半は「でもイスラエルが攻撃するのも分かる」と考えています。この点、日本の世論とは大きく異なります。
 イスラエル支持がこれほど強い理由の一つに、福音派の存在があります。福音派は聖書を絶対的に信じているので、「パレスチナは神がユダヤ人に与えた『約束の地』。この地が『ハルマゲドンの戦い』に遭ったあと、イエスが再臨する。よって一刻も早くユダヤ人が支配しなくてはならない」と考えています。さらに、米国がイスラエルという国家を生み育て、多額の軍事支援を続ける状況をずっと見てきた現役世代の上の方にいる人たちは、イスラエルを支えるのは当然のことと考えています。
 一方、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は米国内での一部若者たちの反乱を指し、「イスラエルやシオニズム運動を批判するのは、反ユダヤ主義であり、差別だ。それはナチスドイツと同じである」と主張しています。欧米に色濃く残る反ユダヤ主義を持ち出し思想戦を仕掛けているわけですが、米国内ではそれになびいて「反ユダヤ主義はやっぱりまずい」と考える人が結構いるのです。
 このあたり、根深いものがあり、米国のイスラエル支援は揺るがないでしょう。ですがそれは、「シオニズムこそナチスと同じ」「イスラエルはハマスの攻撃に乗じて、ジェノサイドを正当化している」と捉える若者たちとはズレています。大統領選では、こうした若者やそれにシンパシーを抱く民主党支持者が、バイデンのイスラエル政策をどう見るかが一つの鍵となるでしょう。

激戦州でのドブ板選挙

 大統領選では間違いなく接戦となりますが、勝敗に影響を与えるいくつかのポイントがあります。その話の前に、米国の選挙制度について少し説明しましょう。
 そもそも米国は国家全体ではなく、州ごとに動いており、とくに一番重要な選挙は州がルールを決めています。大統領選は50州プラス首都ワシントンDCという51の選挙区の選挙人獲得数で争われ、2州をのぞき勝者総取り制度を採用しています。51のうち、40強はすでにどちらの候補が勝つかほぼ確定しており、各党支持者の数が拮抗する激戦州は、6、7州といったところです。
 よって激戦州の無党派層の投票行動が重要となります。ここでいう無党派とは、日本の中間層とは異なり基本的に選挙へ行かない層をいいます。そのうち3分の1、人口の10数%はなにがあっても選挙に行きませんが、ほかは共和党・民主党のいずれか寄りで、投票の可能性があります。
 実は過去5回の大統領選で、どの人が誰に投票したかは、各種個人情報を含むビッグデータなどから知ることかでき、また、SNSの書き込み等から、選挙に行きそうかどうかも予測できます。各党の運動員たちは、それらをもとに戸別訪問するのです。そこでたとえば「あなたは12年の選挙は共和党のミット・ロムニーに投票したが、トランプが嫌いなのか過去2回の選挙は行っていない。でも最近、あなたが仕事を失ったのはバイデンのせいですよ。だから今回はトランプに入れましょう」などと説得する。激戦州ではそんなドブ板活動が日常的に行われているのです。
 過去5回の大統領選で、一定程度差が出たのはリーマンショックの影響でオバマが勝利した08年のときだけです。このときもリーマンショック前までは大激戦でした。今回もどちらが勝ってもおかしくない。なにか大きなことがない限り11月の投票直前まで互角状況が続くでしょう。

「ぶち壊し屋」となるのは誰か?

 「第三の候補」も焦点の一つです。民主党・共和党ではない「その他諸々」と一括りにされる候補の中で注目されているのは、無所属での出馬を表明しているロバート・ケネディ・ジュニアとアフリカ系のコーネル・ウェストという哲学者です。「いま投票するなら誰に入れるか」という世論調査で、「バイデン対トランプ」という二項選択だと同率で並びますが、ケネディとウェストを加えると、バイデンとトランプが各40%で、「その他諸々」が約15%という結果になります。よって激戦州で、「第三の候補」がどれだけ、どちらから票を奪うかが帰趨を左右します。
 しかし、諸党派・無所属が被選挙者リストに載るのは容易ではありません。日本の江戸時代末期のころから二大政党制の下、民主・共和両党が政治を牛耳ってきた米国では、新参者が候補となるには高い障壁があるのです。たとえばフロリダ州では14万5000人の署名を集めることが必須です。必要署名数が数千や5000の州ではケネディもなんとか出られますが、いまのところそうした州は10もありません。ただ、その中には、激戦州のネバダやミシガンが入っており、おそらくジョージアでも出られるでしょう。
 ではケネディはどちらの票を奪うのか。彼はケネディ家出身で、ジョン・F・ケネディの甥であり、68年の大統領候補指名選挙のさなかに暗殺されたロバート・ケネディの息子です。またニューヨークのハドソン川の浄化を実現した環境弁護士で、当初は民主党候補の指名獲得を狙っていました。これだけ聞くと、バイデンの票を奪うように思えますがそうでもありません。彼は反ワクチンの主張で名を馳せ、コロナ陰謀説まで唱える変わり者です。また、「米軍は各国から撤退すべき」といったアメリカファースト的な政策を掲げる一方、「イスラエルは徹底的に守るべき」とも言っています。アメリカファーストはトランプ的ですし、「イスラエル支持」は福音派の考えと合致します。しかも「怒れる白人たち」は反ワクチン。よってトランプの票を奪うだろうとの見方が強い。
 左派的な政策を掲げるウェストは、バイデンの票を奪うと考えられます。パレスチナへの連帯を訴えているので、若者票も取るかもしれませんが、彼が立候補できる可能性のある激戦州は、せいぜい1州程度です。
 諸党派でもっとも大きいリバタリアン党は、候補が決まっていませんが、これまで長い間活動をしていて、何度も大統領選に出ており、その得票実績があるため全州で出馬できると思われます。緑の党のジル・スタインも同じ理由から30~40州で被選挙者リストに載るでしょう。
 二大政党候補の票を一定程度奪い、選挙の雌雄を分けるような存在を、米国ではぶち壊し屋=「スポイラー」と呼びます。00年選挙のときは、フロリダにおいてジョージ・W・ブッシュがわずか537票差でアル・ゴアに辛勝しましたが、このとき消費者運動で知られる緑の党のラルフ・ネーダーが、ゴアの票を奪い数万票獲得しました。これが選挙結果を決めたのです。今回、誰がぶち壊し屋になるか注目されていますが、いまのところまだ分かりません。

●まえしま・かずひろ――
1965年、静岡県生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒業後、米ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了、米メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。2014年より現職。専門はアメリカ現代政治。主な著作に『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著、東信堂)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著、東洋経済新報社)など。 

(現代の理論2024夏号)