フランス下院選挙の異変―「屈しないフランス」大躍進            フランス左派の再生に希望 

土田 修(ジャーナリスト)

左派政権を阻止した「共和国の防波堤」

 「彼らはアナーキズムを求める極左、反共和主義者だ」。フランスで国民議会議員選挙(577議席)の第1回投票が行われた翌日の6月13日、フランス・メディアは一斉にジャン=リュック・メランションと「屈しないフランス(LFI)」に襲いかかった。実は6月12日の第1回投票でメランションが党首のLFIが中心となって、社会党、共産党、エコロジストを結集した左派共闘の「新民衆連合(NUPES)」が大きく票を伸ばし、各地でエマニュエル・マクロン大統領の与党連合「アンサンブル」と大接戦を演じていた。
 この勢いが19日の第2回投票(決選投票)まで続いた場合、メランションが首相に就任する可能性もあった。危機感を抱いたマクロンは有権者に「良識」を呼びかけ、極左に対する「共和国の防波堤」の構築を指令した。そしてフランス・メディアによる「急進左派」批判の大合唱が始まった。テレビ局フランス2の司会者は「すでにメランションが獲得した17議席が政府にとって大きな障壁になっている。もし彼らが100議席取ったら一体何が起きるというのか?」と興奮気味に叫んだ。フランス・テレビの論説記者は「事態は収集不可能だ。とんでもないことが起きようとしている」と声を震わせた。週刊誌『ル・ポワン』で繰り返しメランションを激しく非難してきた哲学者ベルナール=アンリ・レヴィは、同誌6月16日号で左派連合を「愛想の良いアジテーターのふりをした専制君主の仲間だ」と決めつけた。
 NUPESの経済政策については、最高経営責任者の組合である「フランス企業運動(Medef)」の会長がラジオ局ヨーロッパ1で「直接的に桁外れの景気後退をもたらし、国を破産に導く」と宣告し、BPWテレビの司会者は「フランス経済に与える危険性を考えると、本当に危なっかしい」と警告。ニュース専門放送局LCIで政治ジャーナリストはNUPESの最低賃金(SMIC)引き上げの政策が「欧州に経済危機を招き、国を破滅に向かわせる恐れがある」と指摘し、ラジオ局RMCで論説記者が「経済的に無責任であり、共和国の価値に照らして大変疑わしい」と述べた(1)。
 メランションを「共和国の敵」とする見解は、LCIに出演したフィガロ・マガジン編集長の「メランションは国民連合(RN)より共和主義者ではない」、CNewsでのコラムニストの「メランションの言説は体制を不安定にし、人々をカオスに陥れるのものだ」にもみられる。メランションとNUPESへの罵倒の暴風雨は、フランス・メディアの大半がマクロンの指令に従順に従った結果だった。メディアは国民議会議員選挙の第2回投票に向けて、メランションを「反共和主義者」「国家を破滅に向かわせるアナーキスト」と決めつける一大キャンペーンを展開した。
 マクロン与党を支えるメディア状況は、実のところ、マクロンが自分の力で作り出したものではない。5年前にマクロン大統領が誕生したのは、フランスのメディアの90%以上を支配下に置いた数人の億万長者によって作られたものだった。彼らが政治的に無名だった若いマクロンに白羽の矢を立て、自分たちが所有するメディアを総動員してマクロンを大統領に担上げるのに成功した。富裕層と大企業を優遇する政策を実践したマクロンは寡頭支配(オリガルキー)のマリオネットにすぎない(2)。
 マクロンによる「共和国の防波堤」構築の指令は功を奏し、6月19日の第2回投票(決選投票)で左派共闘は失速し151議席にとどまり、左派政権の実現には至らなかった。一方、マクロンの与党連合は改選前から100議席減らし、過半数(289議席)からほど遠い245議席となった。閣僚3人と国民議会前議長が落選したこともマクロン政権にとっては衝撃だった。

ポスト資本主義を目指す社会的・連帯経済

 1980年代以来、世界中で金融グローバリゼーションが進展する中で、都市部の中産階級への浸透を図った社会党が移民系住民の多い都市郊外の低所得層や労働者層の支持を失った。元々、社会党や共産党の支持基盤だったフランス北部の元炭鉱の工業地帯など失業率の高い地域では極右勢力の支持が拡大した。今回の国民議会議員選挙でRNは改選前の8議席から89議席に大躍進している。こうした政治情勢の下で、医療・教育・公共交通など公共サービスの拡充、生活必需品の価格凍結、最低賃金(SMIC)の引き上げ、自然資源の過剰採取の禁止、環境問題を前面に掲げた政策綱領「共同の未来」を軸に、文化人、アーティスト、活動家、一般市民を結集し、左派を復活させたメランションの功績は大きい。
 2002年に欧州連合15カ国中13カ国で社会民主党が政権に就いていた。20年後の現在は、27カ国中7カ国(ドイツ、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、スペイン、ポルトガル、マルタ)に過ぎない。中でもLFIのような急進左派は、ドイツ、スペイン、ポルトガルでは中道左派によって隅っこに追いやられている。イタリアのように消滅した国もある。スペインで「左派ポピュリズム政党」といわれたポデモスを創設したパブロ・イグレシアス(現在は政治評論家)はメランションを「欧州左翼の手本」と評価しているが、左派政権が有権者の支持を失ったのは自らの政策を実行できないどころか、対抗勢力の政策を実行してしまったからだ。
 社会党のフランソワ・オランドは大統領に就任したその日から、緊縮財政政策によって屈服を強いられた。金融グローバリゼーションの原動力となる規制緩和を政策立案者は社会党のフランソワ・ミッテラン元大統領の側近であるジャック・ドロール(欧州委員会委員長)だった。社会党政権時の財務大臣だったドミニク・ストロス=カーンは世界中で緊縮財政を推進している国際通貨基金(IMF)の専務理事に就任していた。社会党のリオネル・ジョスパン元首相は2022年に国営通信会社フランス・テレコムと国営航空会社エール・フランスの民営化を実行した。左派を支持していた有権者の多くが左派政権に失望し、左派離れが加速した。それだけに、今回の国民議会議員選挙でのNUPESの躍進は、フランス左派の崩壊を食い止めた偉業として歴史に残るものだ。
 NUPESからは庶民を代表する議員が何人も当選している。コートジボワール出身のホテル客室係だった女性や元介護士の女性の当選がメディアを賑わせた。投機目的の取引を抑制するため国際通貨取引に課税する「トービン税」の導入を目指す国際NGOアタック(ATTAC)の元代表オレリー・トゥルヴェの当選も話題になった。ATTACは1997年12月、ル・モンド・ディプロマティーク編集主幹イグナシオ・ラモネが書いた記事「金融市場を非武装化せよ」をきっかけに、翌1998年6月に設立された。「もう一つの世界は可能だ」をスローガンに欧米各国へも広がり、2001年からは政治・経済・社会における人権保護や、貧困格差是正の実現、社会的公正の構築などを企図する「アルテルモンディアリスム(Altermondialisme)」運動のサミットである「世界社会フォーラム」を開催している。
 メランションのブレーンであるトゥルヴェは「共同の未来」の起草にも関与している。ATTACのスローガンから生まれた「altermondialistes」の文言が出てくることからも明らかだ。また、「共同の未来」はポスト資本主義の「もう一つの世界」を模索する社会的・連帯経済(ESS)の促進や気候変動がもたらす危機に対し持続可能な社会の構築を提案しており、そこにもトゥルヴェの影響力が感じられる。メランション自身も大統領選決選投票直前の4月21日、パリでの演説の中で「我々は我々の基本を譲ったことは一度もない。もう一つの世界を提示してきたのだ」と発言している。
 NUPESがポスト資本主義として提唱している「社会的・連帯経済」の推進は、新自由主義の緊縮財政に取り憑かれた資本主義国家にとって、「共産主義」同様に、抑圧や脅威として意識されるに違いない。失業や貧困といった社会問題に立ち向かい、「一人一票」の原則による民主的な組織運営を重視し、市場経済に対するオルタナティヴとして「顔の見える互酬的な連帯」や「公平・公正」を基盤とする労働のあり方、労働者による自主生産及び自主管理、労働者による資本の所有の実現を目指す社会的・連帯経済の思想は、協同組合や共済組合、アソシエーションといった運営主体によって実践される。だが、その思想は国家権力に対するアンチ・テーゼといえ、政治や経済を支配している資本家や富裕層にとって受け入れ難いものだ。
 社会党の経済顧問だったトマ・ピケティによると、20世紀に不平等が減少したのは「共産主義という反面教師が存在したことと関連している」と指摘する。共産主義は財産持ちのエリートにとって脅威として意識されたが、そのことによって資本家と労働者階級との力関係が変わり、労働環境の改善や社会福祉制度につながったからだ。それが確かならば、プロレタリアートとブルジョワジーの階級対立の止揚を目的とした共産主義と社会的・連帯経済の思想には親和性がある。社会的・連帯経済は共産主義同様、ポスト資本主義を目指す社会変革の原動力になるはずだ。新自由主義的な金融資本主義との断絶と社会的・連帯経済の推進を提唱する左派連合NUPESの政策綱領は、マクロン政権を支える億万長者たちにとって「共産主義」と同じくらいに「脅威」であり「憎悪」の対象なのだ。
 メランションはNATOの軍事部門からの脱退と国連主導の多国間交渉による紛争回避を提唱する。ウクライナ戦争が招いたエネルギー高騰による国民生活の圧迫は米国の利益に従属した結果であるとし、欧州連合(EU)を批判する。「貧しい市民の革命運動」を標榜する彼の思想には高校時代に関心を寄せたマルクス主義とトロッキズムの影響がある。

蘇った「共産主義という亡霊」

 実は4月の大統領選挙ではマクロンの「共和国の防波堤」は極右、すなわちマリーヌ・ルぺンと国民連合(RN)に向けられていた。第1回投票の結果、1位となったマクロンと2位のルペンが激突した第2回投票(決選投票)の際、マクロンは「極右を防ぐ共和国の防波堤」を呼びかけただけでなく、それまで拒否していた最低賃金(SMIC)の引き上げに柔軟な姿勢を見せ、環境問題への理解を示し、果ては「議会の完全比例代表制に反対しない」と宣言することで、NUPESの政策の一部を横取りさえした。
 マクロンの「臆面のなさ」は、かえって庶民層の反感を買い、NUPESの支持層を広げる一因になった(3)。そのマクロンは国民議会議員選挙の際に、「共和国の防波堤」の相手を極右から急進左派に切り替え、急にルペンを「共和主義者」と称揚し始めた。権力に恋々とするマクロンらしい「変わり身の早さ」だが、フランスの哲学者フレデリック・ロルドンはすでに「共和国の防波堤」が極右ではなく、メランション側に向けられる可能性を指摘していた。1930年代にフランスの中産階級の多くはファシズムと戦争に反対して結成された人民戦線よりアドルフ・ヒトラーを選んだ今回の事態とよく似ている。
 国民議会議員選挙の第1回投票で与党の大敗と予想外のNUPESの躍進が決定的となった時、冒頭で示したように、マクロン政権は「共和国の防波堤」の対象をメランションとNUPESの候補者に絞り、フランス・メディアもマクロンの指令に驚くほど従順に呼応した。フランスで唯一の独立系メディアである月刊紙ル・モンド・ディプロマティークによると、このことは1973年の国民議会議会選挙で左派連合が躍進した際にドゴール派のメディアが「(これは)悪魔との協約だ」「マルクス主義への道を阻止せよ!」などと「赤の危険」を声高に叫んだのとそっくりだという(4)。
 1973年に続き、2022年のフランスにも、『共産党宣言』の有名な冒頭句である「共産主義という亡霊spectre」が蘇った。フランスの哲学者ジャック・デリダは『マルクスの亡霊たち』(原題はSpectres de Marx)の中で、「共産主義という亡霊」が「マルクスの記憶と遺産」として生き続けていること、それが「再来霊」として度々出現すること、それに対して「マルクス主義に対する悪魔祓い」の現象が起きることを指摘している。
 2022年の国民議会議員選挙の際、「アナーキスト」「反共和主義者」とメランションを敵視したフランス・メディアの偏執的な決まり文句は、デリダのいう「悪魔祓いの共謀」にほかならない(5)。とはいえNUPESを「悪魔視」することは極右を「正常視」することと表裏の関係にある。国民議会議員選挙でRNは大躍進している。今後、マクロン政権は極右とも折り合いをつけ、ルペン支持者をとりこまざるを得なくなるのは間違いない。国民議会は6月28日に始まったが、マクロン与党のプレゼントで副議長(6人)の中にRNの議員2人が選出された。本当の「悪魔との協約」は既に始まっている。 

(1)NUPESの政策綱領「共同の未来」については『現代の理論』2022夏号を参照。
(2)ホアン・ブランコ『さらば偽造された大統領』(岩波書店、2020年)参照。著者は、フランスのメディア状況はまさしく「ジャーナリズムの死」に等しく、世界最大の高級品ブランドグループ「LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)」を所有する欧州一の大金持ちであるベルナール・アルノーや、メディア関連コングロマリット「ラガルデール・グループ」のCEOアルノー・ラガルデールらの一族によって寡頭支配体制が作られ「民主主義は奪われた」と批判している。
(3)セルジュ・アリミ「民意を取り繕った勝利」ル・モンド・ディプロマティーク日本語版7月号
(4)Pauline Perrenot et Mathias Raymond「Les barbares ? nos portes!」Le monde diplomatique 2022年7月号を参照。
(5)デリダは「共産主義という亡霊」が生きているとして、「亡霊の存在論ontologie」=「憑在論hantologie」という概念を作り出したが、思想家の柄谷行人氏は、マルクスによって「貨幣や資本の霊(物神)」を「交換様式から生じた観念的な力」として考察する道が切り開かれたと指摘している(『群像』2022年7月号)。

つちだ・おさむ
ル・モンド・ディプロマティーク日本語版編集委員、「だるま舎」編集長、元東京新聞記者。1954年金沢市まれ、名古屋大学卒。著書に『調査報道』(緑風出版)、『日本型新自由主義の破綻』(春秋社、共著)など。

(現代の理論 2022年秋号)