グループホーム「ペンギンヴイレッジ」を訪ねて この小さな希望の空間を持続させるには
山之内 裕明(本誌編集委員)
強い風が吹く湘南。神奈川県藤沢市のJR藤沢駅から少し離れた丘の上、時宗総本山遊行寺のすぐ近くにある障がい者グループホーム「ペンギンヴィレッジ」を訪問した。
鍵のない門を開けるとすぐ中庭が広がっており、花壇が出迎えてくれる。花があるからか、全体的に和やかな雰囲気だ。入って早々に共同生活の暖かい空気が伝わってきた。
出入りは自由
私たちが訪問したのは、2021年9月開所したグループホーム「ペンギンヴィレッジ」。運営しているのは一般社団法人湘南とも舎。代表理事の松延康隆さんから丁寧な説明を受けながらの見学であった。
ペンギンヴィレッジという施設の名前は、かの有名漫画のキャラクターたちが住む村の名前から取られたもので、元々あった独身寮の名前を受け継いだという。部屋は10ある。1階が女性用、2階が男性用と分けられている。2階には食堂兼コミュニティルームがあり、綺麗に整備された食堂の入り口には当月の誕生日の人を紹介する掲示板があった。
施設内の移動は階段とエレベーターがあり、色々なタイプの方に対処できる。門からの出入りは基本的に自由。マンションやアパートと同じで、各部屋は扉1枚で外の世界とつながっている。多くのグループホームは、出入り口がひとつで、そこを通らないと出入りができない。しかも管理人の許可が必要だが、根本的に理念が違うという感じがした。ちなみに門限もないが、「10時過ぎるときは連絡をください」と言っているという。
2階の一部屋を見せていただいた。10畳の広さだ。ベッド、風呂、トイレ、キッチン付きで冷蔵庫、エアコンもある。一人暮らしをするのに必要な設備が備えられている。広く感じる。室内は丁寧に整頓されており、心地よい自分の世界となるよう工夫されているように思った。

試行錯誤を経た末に開設
利用者にとって自由な空間となるグループホーム開設について松延さんから当日も説明があったが、事前にいただいた「GH(グループホーム)ペンギンヴィレッジを支える会」結成のお知らせで松延さんは次のように書いているので紹介したい。
「この数年間、来年40歳になる障がいを持つ息子の終の棲家を求めて試行錯誤を繰り返してきました。現状のGH(グループホーム)への体験入居も含めて何回か入居を試みましたが、そのたびに本人に頑強に拒否されてきました。結局GHに強制的に入居させることが本人の精神に重大な悪影響を与えることは顕著となり中止せざるを得ませんでした。私たちは息子がGHを拒否する理由はそこでの生活が楽しくないこと・憩いの場ではないことに尽きると思っています。(中略)息子の親亡き後の終の棲家をつくるには自力で納得できるGHを立ち上げる以外にない。これが私たちの得た結論でした」
管理のためのグループホームではなく、生活者が楽しく憩いの場となるグループホームを!ということなのだ。
自由故に部屋に引きこもるケースも
開設し1年半だが、課題は多いという。ひとつは部屋に引きこもってしまう人がいること。食堂の料理を自室に持ち込み、お風呂に入ってテレビを見てという生活になってしまう。この施設に来た利用者は、他人の目を気にせず自由に過ごせる初めての部屋、という感覚を持つ人が多く、自分だけの世界から出ると酷いことが待っていると連想してしまい、引きこもってしまう。本人にとってはやっと得た安心の部屋。そうそう奪われたくはないということなのだろう。
「一緒に掃除しようと言って部屋に入ろうとしても入れてくれない。大事なものを捨てられちゃうかもと考えてしまうのだろう」と松延さん。「食堂があっても、食べる時には部屋に持っていく。一緒に食べるまでやはり1年くらいかかることもある」という。
一人一人の利用者に寄り添うこと、これを実現するには大変な労力と時間、相手と向き合う心が大事になる。松延さんはこんな例え話を引用していた。「南アフリカへ考古学の発掘に出かけた探検隊が大きなキャラバンを組み山岳地帯を旅しているとき、荷物を担いでいた先住民のシェルパの人々が突然歩みを止めた。給料を上げるから早く出発してほしいと頼んだが動く気配がなかった。私たちはここまで早く歩き過ぎてしまい、心を置き去りにしてきてしまった。心がこの場所に追いつくまで私たちはしばらくここで待っているんです」(星野道夫の「旅をする木」より)私は松延さんのこの姿勢に感動を覚えた。
もうひとつは、他の施設を経て入所しても、以前の施設で把握している健康状態など基礎的なデータの引き継ぎがないことだ。入所してしばらくして病院で調べてもらって病気が初めて分かったこともあったという。このあたりは個人情報など難しい問題があるかもしれないが、いのちに関わることなので整備が必要なのではないかと思った。
また、利用者が家族に会いに自宅に泊まることを制限する施設が多い。というのは利用者が施設にいれば、利用者をお世話したということで行政からの助成金が加算されるという計算が働くからだ。
松延さんは「嫌がる親もいますが、帰れるなら帰った方がいい。ずっと引きこもって、どこにも行かないのは良くない。外泊が増えると行政からのは助成金が減るので、経営的には苦しくなるが仕方ない」と、真剣な眼差しで語りかけてくれた。
積極的に町内会活動
気になるのは周辺住民の理解だが、ペンギンヴィレッジ開設まで何度も説明会を開き丁寧に話したという。開設後も、徹底して地域社会に開いていくことを心がけたという。人権意識の欠如だけでなく施設の閉鎖性が、職員による虐待や利用者への人権侵害の大きな要因だと考えているからだ。最初は大変なこともあったが、22年4月には地元の町内会への加入が実現した。それを機に町内会の行事などに積極的に参加することで地域に溶け込んでいったという。最近では回覧板の折り込みなどの作業を地域の人たちと一緒にペンギンヴィレッジの部屋を使って行われているそうだ。
最後に将来の夢を語ってもらった。障がい者も高齢者も同居できる施設にしたいという。現行制度ではグループホームでは障がい者と高齢者が同居することは認められていない。障がいのある子どもを長い間世話してきたのに、なぜ自分が高齢化したら子供と別々に暮らさなければならないのか。この切実な悩みがペンギンヴィレッジにも寄せられたという。実は富山県では特例として知的障がい者と認知症の高齢者の受け入れることが認められた事例がある。神奈川でも特例が認められるようにしてほしいと語った。
今回の訪問で、私は障がい者福祉にひとつの希望を見出すことができた。同時に、事業の困難さも改めて感じた。この施設は松延さんたちの強い志で成り立っている。この志を持ち、持続させることは正直容易いことではない。それでも利用者とその家族が生きて、暮らしていくために歩み出している以上、私たちも何かできることはないのかと思う。利用者、施設従業者、地域のネットワーク、行政など関連する主体がwin-winになる方法はないのだろうか。これからもペンギンヴィレッジをはじめ、障がい者福祉を追い、私たちにできることは何かを発信していければと思う。
湘南とも舎を支える会(会長 本谷守)
年会費:一口3000円から
郵便振替:口座記号番号:00250‐0‐99045
口座名称:一般社団法人 湘南とも舎
(現代の理論2023夏号)