アフリカ熱帯林と先住民族ピグミー 森の人々の暮らしと伝統が壊れていく【先住民族研究会報告】
西原 智昭(WCSコンゴ共和国支部・自然環境保全技術顧問)
ピグミー
アフリカ中央部の熱帯林に依拠してきた先住民は、従来は「ピグミー」といわれてきた(注:昨今「ピグミー」は蔑称扱いされるが本書では便宜上彼らを「ピグミー」と称することがある)。狩猟採集民のピグミーは森林に棲む動物を追跡する能力に長け、森の植物の名前やその利用法を熟知している。薬用などの植物などについての知識は、地球上の貴重な文化財産といってもよい。いまでこそ彼らは基本的には村の定住生活でキャッサバなどの畑作物を主食としているが、ときには森へ行き、動物猟や、乾季の水量の少ない河川で掻い出しながらの漁労、ハチミツ採集、果実やキノコ・食用昆虫などの採集を行う。
彼らには特定の神を想定するような宗教観はないが、どこのピグミーにも共通して見られるものに、独特の「歌」と「踊り」がある。人が死んで悲しんで、その悲しんだ人もやがて死んでいく。あるときは楽しいことがあり、うれしいことがある。しかし死がやってくる。死は重たい。だが先住民の人たちは死を悲しむと同時に、その人を弔う歌と踊りで楽しんでいるようにすら見える。死んだ人はどうあがいても帰ってこない。あちらの世界で楽しく酒でも飲んでいてくれたらいいのかもしれない。だからこちら側でも楽しく歌を歌い踊るのだ。

過信すれば森の中で迷う
コンゴ盆地の熱帯林は知らなければ簡単に迷うところであろう。通常はマルミミゾウが何世代もかけて作ったゾウのけもの道「ゾウ道」に沿って歩くが、ゾウ道は一見まっすぐに見えても、必ずしもそうではなく、「ゾウ道の分かれ道」がいくらでも待ち受けている。たとえコンパスとGPS、地図を持っていても、注意深く行動していないと、本来行くべきではないゾウ道に入ってしまうことは多々ある。
ピグミーは決して迷わない。数㌔㍍続くゾウ道であっても、それぞれのゾウ道がどこにつながっているか熟知している。仮に彼らにとってなじみのない森であっても、キャンプを出発して森を散々に歩いた後であっても夕方には同じ場所へ無事戻る。過信して一人で歩いてはいけないのだ。これはもし森の中でマルミミゾウやヘビに出くわしたときの対処としても重要なことである。
ぼくは長年彼らと森での生活を共にしてきたが、この能力が不思議で仕方がなかった。何年かけて修行しようと思っても、到底追いつくことができない。太陽の方角とか風向きとか、ぼくでもわかりそうな手法があるのか。しかし彼らは曇りの日でも雨の日でも迷わない。「森の中の道」と「いま自分がいる場所」を確実に知っている。全体イメージの優れた把握力とその記憶力、それがどうも秘訣のようだ。多くの先住民は、歩いているときに前方の木の感じや枝の張り方など複合総体を頭の中に入れておくのだという。

ゴリラの追跡にはピグミーは必要不可欠©西原智昭
先住民の定住化と貨幣経済の浸透
ぼくが1989年に初めてコンゴ共和国に到着したとき、先住民である彼らは森の中に住んでいた。多少の衣服はすでにまとっていたが、まだ伝統的な狩猟・採集生活を続けていたのだ。当時は貨幣経済すら、彼らの間には浸透していなかった。ゴリラの研究をするにあたり、森を知る先住民の助力が必要であった。彼らは快く応じてくれたが、「報酬」は当初は彼らの好きな「たばこ」であった。
貨幣経済は、時を同じくして浸透し始めた。当時のわれわれ調査隊も、現金で報酬を供与することになったのだ。また同じ時期に、コンゴ共和国政府の方針で、森の民も近隣の村に定住生活するよう通達された。移動生活は中止を余儀なくされ、みな近郊の村に定住するようになった。
ぼくがコンゴ共和国に来て25年以上経たいま、定住化と貨幣経済の浸透の中で森の先住民は当時以上の辛苦をなめている。狩猟採集の産物で自給自足したり、その産物を農耕民と物々交換していればいいという時代は終わった。多くの先住民は日々暮らしていくために、その日に必要な金銭を稼ぐしかない。
森の中に縦横無尽に開かれた木材搬出路の長い道のりを炎天下の中歩き、売ることのできる植物やキノコなどを採集する。日によっては往復の距離は30㎞にも及ぶ。伐採会社の基地ができると、先住民が基地を取り囲むように移住してくる。伐採会社のスタッフである農耕民バンツーから依頼があるブッシュミート目的の狩猟に携わり、獣肉と交換で現金を得る。今ではそうした狩猟でさえ、往復で30㎞歩かないと獲れない場合が多い。
定期的収入を得られるような先住民はごくわずかしかいない。伐採会社や国立公園のスタッフとして何とか就職できた給与所得者が一人でも先住民コミュニティーの中にいれば、彼らの社会の平等原理に従い、その給与という現金はそれを持たざる者との間で共有される。しかし多くの場合、現金は酒に消費される。それが高じて先住民同士での暴力沙汰が絶えない。
元来、先住民が依拠してきたところの熱帯林の多くが喪失した。熱帯材を目的とした熱帯林伐採業のためである。これまでの様々な伐採会社が試みてきた熱帯林での植林はほぼ不可能なため、原生の森を切り崩していくしかない。野生動物の数も大幅に減少している。
憂慮する次の世代――近代教育
森での技能や知識は教科書で教わるものではない。年長者あるいは親から学ぶ場は教室の中ではなく森だ。しかし国際的な近代学校教育の普及に伴い、先住民の子どもはかつてのように森に長く滞在する機会が少なくなった。結果は明瞭である。森の伝統的知識や技能が若い世代に伝承されない事態が続出しているのである。文字の読み書きができ、学校での成績はよくても、森の植物の名前は知らない。動物も追いかけることができない。
現時点での中高年世代の先住民は、辛うじて親から森のことを学んだ世代である。森での伝統的技能や知識を維持しつつ、町で手に職を得ている先住民も出てきている。それもいまや「新しい生き方」の一つであろう。子どもの中には学校は嫌いだが森に行くことは大好きな子もいる。学校のプレッシャーから解放されて、こうした子どもがのびのびと暮らせる時間は来ないのであろうか。
アイヌ民族の文化と心の共鳴
北海道のアイヌに関する博物館を訪ね、アイヌの伝統衣装を着けた若い男性の語りや女性陣による伝統的な歌や舞を見る機会があった。子鶴の舞や、伝統楽器による森や小川など自然界の音を似せた音楽、子守唄、「クマ送り」時の歌と舞など、自然界とつながりつついかにも素朴で、とても心に染み入るものであった。それはぼくがアフリカの地で頻繁に接してきた森の先住民の「歌と踊り」を間近にしたときの一種の陶酔感と類似していたのである。
アイヌとピグミーには多くの類似点がある。森という自然界に強く依存しながら狩猟採集を生業としていたこと。原則的に、狩猟・漁労は男性の仕事、採集や裁縫など家屋の中での作業は女性の仕事といった男女分業体制。アイヌは日本本土の和人から、森の先住民はバンツーという農耕民から、物々交換などによる経済交流だけでなく差別・迫害・搾取や労働の強制があったこと。
決定的な違いもある。アイヌの場合は伝統的な生活をそのまま営むことが不可能になった今、アイデンティティと伝統・文化を「残していく」という作業をしていること。アフリカの森の先住民の場合は、昔ながらの生活形態や社会・文化をいまだ日常生活の中に多少残しながら、一方で貨幣経済や近代教育などの現代化の波にもまれている「現在進行中」の状況下にあり、今その伝統は「喪失していく」方向にある。
アイヌの博物館には驚くくらい多くの来館者がいた。外国人の団体もいた。アフリカの熱帯林地域でも、ピグミーの伝統的狩猟と踊りを見せましょうという文化ツーリズムもある。しかしそれは自然体での先住民の活動ではなく、ツアー客のために仕組まれた「ショー」にしか過ぎない。貨幣が現地に還元されるが、残念ながら多くのケースでは、村長などごく一握りの地域住民に富が集中してしまう。また金銭は一層彼らの精神的荒廃を助長しかねない。森の先住民によるツーリズムは「先住民の文化の継承」とはまったく無縁なものである。
彼らの伝統文化の喪失は、われわれの現在の「野生生物保全」に関わる活動、つまり「パトロール」や「研究調査」にも計り知れないマイナスの影響を与える。先住民の適切な森でのガイドなしでは、生物多様性、豊かな熱帯林の保全の活動は効率よく十全に実施できない。
七五郎沢のキツネ
七五郎沢の森に生きてきたキツネ。キツネは食べ物を探しに、子を置いて巣から沢へ森へと出る。しかしあたりは従来森になかった人工物だらけで獲物となる動物もいない。森を抜け人間の住処に入ったキツネは、ゴミ山にたかるネズミを発見。キツネは捉えたネズミをくわえて七五郎沢に戻り、獲物のネズミを地中に隠そうと土を掘ると、そこには人間が捨てた医療具やゴミが……。
この悲しい物語は、結城幸司氏(原作・版画)、すぎはらちゅん氏(監督・脚本・アニメーション)によって製作された『七五郎沢の狐』(2014c tane project)と題する14分ほどのアニメ映画だ。北海道・函館近くの自然林が崩されゴミであふれ、野生動物はもはや生きられない。それは、和人により翻弄され従来の森林を失ってきた先住民アイヌ民族の悲しい歴史をも二重写しにしているのだ。
製作者の許諾を得て、コンゴ共和国北部のある村で、ピグミーの男たちを前にこの映像を見てもらう機会を作った。何も説明なしの鑑賞後にまず「どんな内容の映像だったか」と聞くと、驚くほど正確に映像の内容を理解していた。最初の感想は、「もう森が元の状態じゃないから、主人公の大きな動物(注:キツネのこと、もちろんピグミーはキツネを知らないのでこう呼んだ)はただネズミを追いかけるだけ。森はもはや開発されたあとで、ゴミで汚れていたし、川の水も汚い色になっていて、ここと全く同じ状況だ。もう森には他の動物もいないのだ」というものであった。
ピグミーはシャイなところがあり、集団としてなにか明確な主張をしていくといった傾向が強くない。これは平等主義という社会メカニズムによるのかもしれない。集団の「代表者」のような立場の人間はいるが、決して強い権力を持っているわけではない。長年の経験と知識を活かして問題への解決策を示唆する「長老」もいるが、彼らも権力者ではない。しかしながら、討論の後、何人かが「ぼくらでなにか意見や主張を決定していかないといけない」と積極的な発言が出たことこそ、「七五郎沢の狐」の映像の効果だったのかもしれない。

25年前の筆者と森の先住民©黒田末寿
蝕まれるピグミーの健全な心
あるピグミーはクリスマスの直前、お酒欲しさに現金が欲しかったため、冷凍チキンを村で売って稼ぎにしたかったのだ。彼が村でそれを売りさばこうとしている時、事が発覚した。これまでなかった金銭目的の物資の盗み。この背景には、われわれ先進諸国民が本来の目的とその理解もなしにクリスマスと称して、毎年の商戦の中ケーキやプレゼントを買い、飲み会やパーティーを行っていることがある。それが遠い森の先住民をも刺激しているのだ。
「親が子を殺す」とか「子が親を殺す」といった事件が日本では起こっているのだと、ぼくは先住民に説明することがある。しかし彼らは「日本って、高度経済成長して、物資の豊かな国、教育も優れ、素晴らしい国に素晴らしい人間が住んでいるはずなのに」と想像し、そんな殺人が起こるわけはないと信じて疑わない。ひるがえって、彼らの社会では何か問題が生じれば、経験豊かな長老などが解決へ向けた指南を示す。先祖代々伝承されてきた不文律もある。そこには殺人などが起こる余地はなかった。無論、自殺もない。
ところが、つい最近、先住民のある親子の間で殺人が起きた。中年を過ぎた父親が、息子を山刀でメッタ斬りにして、しかも腹を切り裂き内蔵をえぐり出し、死体を道路上に遺棄したのである。その男はぼくが森の中で仕事を始めた初期の頃にガイドとして活躍してくれた人物の一人であった。
これまでの長い歴史の中で、心が日常的に蝕まれている先進国の人々に比べ、はるかに健全な心を持っていたはずの森の先住民に、こうしたことが起こることは深刻な問題だと捉えなければいけない。文明社会の金銭や物資、考え方、風習、行動様式、ライフスタイルなどがどんどん先住民社会に入ってくる。それは彼らの中にこれまでになかった強い欲望を刺激し、互いの軋轢を生み出してきたことは確かだ。その影響が昂じて、健全な心を持つ先住民の中にも、先進諸国民と似たような心の病を患う人間が出てきたとも考えられる。

いまでも素敵な笑顔を忘れていない先住民の子どもたち©西原智昭
【研究会での質疑応答】
〔参加者〕ピグミーの人口は? コンゴ共和国に先住民政策はあるか?
〔西原〕熱帯林全体で何万から多くて何十万か。先住民法はあるが書類上のもので、それに基づいて政策が出されるわけではない。
〔参加者〕ピグミーは農民にならないのか?
〔西原〕多数派の農耕民バンツーとの関係は伝統的に上下関係(パトロン―クライアント関係)。ピグミーの農耕が禁止されているわけではないが、手っ取り早い現金収入としてバンツーの農場の手伝いをやり、安い賃金を得る。
〔参加者〕「文明化」で失うものと失ってはならないものがある。
〔西原〕考える例として、歌舞伎の三味線の撥に象牙が使われる。伝統を守るためゾウという自然遺産を犠牲にし続け、ゾウがいなくなったら、文化遺産も成り立たなくなる。簡単ではないが両立の道を探らなければならない。
〔参加者〕コンゴ共和国の言語は?
〔西原〕先住民の各部族の言葉は似通っているので部族間で通じる。独立後に作られたリンガラ語は第二公用語で、ピグミーとバンツーの間で使われ、私もピグミーとリンガラ語でしゃべる。旧宗主国のフランス語が第一公用語。
〔参加者〕ピグミーが元の生活に戻れないとしたら、何を残すのか。
〔西原〕決めるのは本人たち。私たちは議論のきっかけづくりならできるが。
〔参加者〕ピグミーは各国に広く分布しているが状況に違いは?
〔西原〕カメルーンやコンゴ民主共和国は森が壊滅的で、コンゴ共和国はまだ森が残っているほうである。
(現代の理論2017秋号)


