<特集 憲政の回復と立憲的改憲論>立憲的改憲論で戦略的空間を開拓しよう(2018年春)
■自衛隊加憲反対で野党・市民の立憲主義連合を
■改憲4項目へ対抗的な立憲改憲プログラムを
小林 正弥(千葉大学教授)
立憲主義から政治的な立憲へ
今回は自民党が主導する改憲の可能性を受けてお話ししたい。
私は、第一次安倍政権の時には、憲法の危機が訪れると予想して、「平和への結集」ということを主張していた。当時の中心コンセプトに私が提案したのは「救憲」でした。「憲法を救う」です。護憲という言葉は「憲法を護ろう」という意味ですが、安倍内閣が9条の解釈改憲をしたことは憲法クーデターであり、政治クーデターであるというふうに考えていますから、安保法制が成立した後は、すでに憲法は決定的に破られていると思っています。イラク自衛隊派遣訴訟の際に「決定的違憲」という言葉を提起しましたが、そういう事態になったと思います。
いままでも、日本の政治の中で違憲行為はありましたし、裁判所がそう判決を出したこともある。そういう通常の違憲とは違う「決定的違憲」ですから、憲法秩序が根底から覆ってしまう方向に踏み出している。日本の政治体制の変化が決定的なものになってしまった場合には、専制政治、学問的には新権威主義ないし競争的権威主義というふうに変ってしまうわけですが、そういうスタートラインですね。
私は、今、与党がしようとしている改憲が成立すると、段階的に完全に権威主義体制に移る危険があり、そういう移行期に立っていると思います。ですから、国民投票は、とても大事なポイントになるけれども、そのポイントは、憲法を護る闘いというよりも、すでに破られてしまって形骸化してしまっている憲法を再生する、回復するための闘いだと思います。ですから私は今については「救憲」とか「護憲」という言葉を使わない。立憲主義という憲法学上の立憲主義だけではなくて、政治的な「立憲」が必要だと主張しているわけです。状況で言えば明治時代に、憲法がないところから憲法を新しく作っていくという気持ち、志【こころざし】を思い出していく必要がある。たとえば、実際に独裁政権があるときに、それに対して市民革命を起こして憲法秩序を作る。近年でもアジアの国々、ラテンアメリカの国々ではそういうことが起こています。ですから認識として、そういう厳しい大局的な認識を持つことが必要だろう。
普通、憲法学でいう立憲主義は「憲法を遵守する」事を主張するわけですよね。でも、もう既に破られている憲法を回復するということが政治的な立憲の今の中心的な部分になるべきだと思うのですね。
だから立憲民主党の立憲は憲法学上の立憲主義だけじゃなくて、明治以来の立憲政党が目指した議会主義の成立、回復という憲政の部分を中心に置いて、立憲を考えるのがいいのではないかと思います。私は民主党に対して理念を明確にすべきだと、ずっと主張してきました。ですから、今の執行部が、たとえば今回の民進党からの(希望の党とともに)統一会派を作るというアプローチを退けて安易に一緒にならないというのは正しいと思っていますけれども、では理念をどのように明確にしていくか。そのことをもっとストレートに打ち出していくことが、立憲民主党の独自性を明確にしていくことになるのではないか、と思います。
通常政治から憲法政治へー憲法の論議を
今、政治状況は憲法を改定するという方向に突き進んでおり、何をどう改正するのかという議論がなされています。これを政治哲学から見れば、「憲法政治」の時期に入っているわけですね。憲法政治というのは通常政治とは違って、憲法が変わり得るから、普段はそんなに政治について深刻に考えない人々でも、お互いに議論をして、どうあるべきかという公共的な関心を持つべき時期です。一人ひとりの市民が最後は国民投票が行われた場合には、それに対して自分なりに正しい意思表示を行うことが人民主権の行使であり、民主主義の最大の瞬間である。アメリカでは繰り返しそういうことが歴史的に起こっており、奴隷制を無くした時もその一つですよね。
日本は今、好むと好まざるに関わらず、そのような局面に入っているわけですから、立憲政党がやるべきことというのは、このタイミングで国民に憲法的な議論を徹底して巻き起こすことだと思うのです。だから通常政治のパターンとは違い、憲法あるいは国の根幹がどうあるべきかということについて、しっかりと全員が考えることが大切です。
安倍自民党がどうするかわからないけれど、来年までのあるタイミングで実際に国民投票を行う可能性が高まっているわけですから、今年はそのための議論が通常の選挙期間と同じくらいにガンガン、ずーっと起こっていくべきであり、その状態をどうやってつくり出すかというのが最大の課題だろうと思うのです。
もちろん、今の段階では、まだ与党の憲法改正項目とその案文草案そのものが決っていないわけですから、一般的な議論としては、もっと幅広く、憲法をまずは読んで、自民党憲法草案を読んで、そしてどういう憲法であるべきか、ということを一から自分たちで考える、そういう公共空間を国民全体について作っていくということを立憲民主党はめざして良いのではないか、と思います。
私の経験上、同じことを大学の学生でやると、まずほとんどの人が(大学での私の担当は政治学だから)憲法自体は大まかには知っているわけだけど、自民党の改憲草案は知らない人が多いから読ませます。自民党支持者でも、改憲草案を読ませればほとんどそれについての賛成者はいなくなります。その上でどういうような憲法がよいか、ということを自分たちで考えさせると、非常に多様な意見が出て来ます。もちろん現実の政治では取り上げようがないような意見がたくさん出てきますけれども、そういうことを考えることが彼らの思考をすごく促すし、政治に対して関わり合いを持たせます。そして最終的に重要な国民投票のときには、どのような改憲案になっても自主的に判断をすることが可能になるでしょう。
護憲派というのは、憲法を何とか守ろう、守ろうとしてきて、一歩一歩押し崩されてきた歴史ですよね。で、もう最後の最後まで来ている。砦を突破されて、その変化が確定するかどうかという状況になっているわけです。何でもそうですけど、攻撃は最大の防御ですよね。だからどこかで攻撃に移らないと絶対に状況を押し戻すことができないわけです。護憲派というアイデンティティを持っている政治運動や政党にはそれができないのであれば、護憲派ではないものの、立憲主義を守ろうという意思がある新しい政党が逆にそういう攻勢をかけるという時間に、この1年間を当ててもいいのではないかなというふうに思っています。そのときに、もちろん立憲民主党にとっては立憲の理念は一つの軸になるのだけれども、それを必ずしも憲法学者が言う立憲主義に限定しないでいいのではないかと私は思います。
憲法の議論をするということは、国家の根本の問題を考えるというチャンスが多くの人々に生まれますから、民主主義の基礎、国の政治の根幹は何なのかということを考えて、政治に関わるという公共空間ができるチャンスを活かすことができれば民主主義の偉大な瞬間になりえます。
もちろん今の流れは逆に民主主義を失くす方向に行きつつあるわけですけれども、民主主義の偉大な瞬間への可能性を開拓する政党が生まれれば民主主義の発展にとってとても貴重な機会になりうると思います。
私の立場からみれば、本来の民主主義の最も偉大な瞬間を、この危機、ピンチを逆用して実現することを目指すのが立憲民主党の戦略としては良いのではないだろうかと思うのです。
護憲派はそれに対して危険だと思うかもしれません。けれども、政治状況から見ると政権側は「野党はどう言ってもやる」というつもりでいますから、また強行採決で発議をしようとするかもしれません。そういう流れを見た上で、政治に新しい風を吹かせて人々の気持ちを大きく変化させるためには従来の護憲派とは異なる新しい政治的な戦略的空間を開拓するというほうが、立憲民主党の選択としては良いのではないでしょうか。
9条加憲に反対する立憲主義連合の呼びかけを
私は、現在の局面では、二つのことを同時的に追求する必要があるかなと思います。
第一は、立憲民主党の独自の憲法についてのスタンスはどうあるべきなのか、という議論を展開することです。これは、他の元民進党とすぐには一緒にならないという路線をとっているうちにしっかり行ったほうがいいと思います。これを一方で開拓する。
第二は、実際の憲法改正国民投票とか、あるいは参院選というときになると、当然立憲民主党独自だけでは力が不十分なので、他の護憲派の政党や、あるいは場合によっては、今後どうなるかわかりませんが、民進党や希望の党の一部の人々と協力していくという政治的な共同、連携、結集という側面です。ここにも野党第一党の責任があります。
この両面の戦略をぜひ早く立ててほしいと思います。 今、第一の独自ラインのほうは、政治姿勢として出てきているので良いことだと思いますけれど、第二の方をどうするつもりなのかがまだよくわからない。分からないが故にいろいろな懸念とか心配とか問題が生じていると思うので、なるべく指導部の方で第二の側面についての政治スタンスを打ち出し、その両方を今年の大きな戦略として打ち出してほしい。
野党の連携・結集の方を考えたときには、通常は、結集においてはやはり中心の軸が真ん中にある場合の方が上手く行きます。立憲主義を主張する連携の中で立憲民主党が一番右だと、どうしても左の方に引きずられるし、全体の得票数は低くなるわけだから、立憲民主党が真ん中くらいにあって、左が護憲派で右が希望の党や民進党の一部勢力ぐらいになって結集が成立して、過半数を何とか望めるところまで行くのではないでしょうか。
この野党の結集・連携・連合は憲法学で言う基本的な立憲主義を軸にした立憲主義連合が可能だろうと思うのですね。つまり、民進党や希望の党でも「立憲主義は守る」と言っているわけでしょう。立憲主義連合を目指すというスタンスを、なるべく早く明確にしてほしいと思います。このときには、立憲主義に反している政府の提案に賛成できるはずはないのですから、現政権の改憲案、特に9条改憲には反対ということになります。この点を明確にして、立憲主義連合を呼びかけることが大切だと思います。
おそらく護憲派には、立憲民主党の独自の立憲的な憲法論なんて危なくてしょうがないと思う人が多々いると思うので、そういう議論には距離を置くはずですけれども、最終的な国民投票や次の参議院選挙で結集することがとても大事だということは明らかですから、この連合にはみんな合意するはずだと思います。
そこで9条加憲に反対する結集の運動と政治の展望を、立憲民主党の独自ラインと並行してなるべく早く打ち出してほしいと思います。独自ラインの中核的理念を政治的な立憲にして、結集の中核の理念を憲法学的な立憲主義にすればいいのですから、この双方を立憲民主党が打ち出すことは理念の点からも自然でしょう。
戦略的に立憲プログラム対案を
立憲民主党独自の改憲論としてはいろんな議論がありうるわけですし、津々浦々で国民において草の根民主主義的に議論すればいいでしょう。その中から関心や活気が生まれてきますから、むしろ論点を絞らずに議論した方がいいと思うのです。私も「WEBRONZA」に試論を書きました。すでに現政権での改憲には反対というスタンスは明確にしていると思うので、その前提のもとで、様々な議論をすればいいでしょう。立憲的改憲論にもいろいろなバージョンがありえますし、もちろん改憲そのものに反対という護憲派もいるでしょうから、それらの間で丁々発止と議論をすればいいと思うのです。
ただ、党としてはどういうスタンスを示すかということは、議論の過程で必ず問われますし、政治的には攻められるはずです。それは、政府が追求する4項目に対応して絞っていけばいいと思います。戦略的にはある段階まできたら、改憲の対案ではなく、法律まで含めて、もっと大きな立憲プログラムとして対案を示した方が良いと思う。
まず一つ目。9条改憲について、立憲民主党の立場として独自に訴えるならば、集団的自衛権ではなく、個別的自衛権だけを持つ改憲、逆に言えば集団的自衛権は持たないということを憲法に明記する改憲案を考えたらどうかと思います。従って、もちろん安保法制は廃棄することになります。私はもともと、専守防衛(墨守非攻)の憲法解釈をしていますから、現実には安保法制を廃棄するだけで十分ですが、改憲案として示せば、それは独自の理念の核になるでしょう。左派にはもちろん非武装中立の理想があるわけですから、そう簡単にはこれには賛成とは言えない人がたくさんいるはずです。でも中道の人たちには、非武装中立は非現実的だけれども専守防衛は今までの日本の方針と同じだからOK、という人がたくさん本来はいるはずです。もっと右の人は、集団的自衛権を認めたいから改憲を主張しているわけです。その中で立憲民主党が独自のスタンスを示す、というのが、立憲民主党の9条に関する改憲案の中心になりうるのではないか。安保法制を廃棄して立憲主義を回復するとともに、こういう法的クーデターが二度と起こらないようにするために立憲主義を強化する憲法改正ですから、立憲の理念に即しています。
二つ目。緊急事態条項ですね。自民党改憲草案は危険きわまりないですから、その緊急事態条項に反対するのは当り前なのですけれども、それに対して、できれば首相弾劾を可能にする改憲案を出したらどうかと思います。専制とか暴政の出現こそ、緊急事態だからです。
このような案を出すのは実は論理的にはとても難しいことです。大統領制だからアメリカや韓国では大統領弾劾の制度があるわけですけれども、日本はイギリスと同じように議員内閣制なので、基本的に弾劾という制度が憲法上ないわけです。弾劾という考え方は、立法府と行政府がかなり独立していて、行政府が暴走したときに、立法府のほうから弾劾するという基本的な構造があるからです。議院内閣制の場合は、首相を議会で選ぶので、立法府と行政府との間に大きな軋轢がないと想定されているので、立法府から弾劾する可能性がないわけです。その結果、行政が暴走しても、結局、次の選挙で審判するしかない、という構造になってしまっています。でも、最近の事態を見て、この憲法の構造には弱点があると思うようになりました。議員内閣制はイギリスで確立して、イギリスは憲政の伝統が徐々にできために不文憲法の国ですから、憲政が崩壊する危険性の防止策はあまり制度になっていないのですけれども、日本のような憲政の伝統が弱い国では、国会議員の多数派に支えられて、首相、あるいは行政が暴走してしまったときには、専制ないし暴政に転化してしまう弱点があると思います。行政が様々なメディアをコントロールして、抵抗することが難しくなってしまう、という危険性が明確になったと思うからです。議員内閣制では明確な前例が思いつかないので理論的にはかなり難しいと思うのですけれども、首相や大臣たちが、憲法遵守義務に反したことをしたときに、対抗措置を可能にする仕組みを憲法に入れる必要があるのではないか。同時に、今は三権分立における司法の独立が形骸化してしまっているので、それを実質的なものにする制度も必要です。恐らく、実際の提案までは簡単にまとまらないと思うのですけれども、憲法論でそういう議論を提起して、与党は違憲行為を行っている以上は発議する正統性を持っておらず、憲法秩序を破壊しつつあるという事実を突きつけるような形の議論をぜひしてほしいと思います。だから、立憲民主党がすでに提起している首相の解散権の制限に加えて、実質的な三権分立の確保や、弾劾条項の導入を議論として提起したらどうかと思います。これらは、立憲主義の回復のための改憲案ですから、立憲の理念そのものに合致しています。
三つ目。教育無償化ですね。いろいろな人が指摘しているように、教育無償化は憲法で書き込む必要はありません。もともと憲法上、義務教育までは親の義務であり無償になっていますから、法律で無償の範囲を拡大すればいいのですから憲法改正の必要はないわけです。もともと高校授業料の無償化が民主党政権の目玉政策だったのに、自民党がそれを批判して安倍政権は所得制限を入れて後退させたわけです。保育園の問題なども含めて、教育の問題に対してより良い対抗的な法律のビジョンを提示するのが望ましいと思います。
四つ目が議員定数の問題です。今の小選挙区制中心の選挙制度が、民意と離れた議会の状況、そして改憲の危険を生んでいるので、自民党案に対抗してぜひ選挙制度の抜本的改正案を提起してほしいと思います。小選挙区制中心ではない、別の選挙区制に移行すべきではないのか。これはもちろん法律改正の議論ですから、改憲の必要はありません。これは議会政治を回復して活性化するための制度改革ですから、立憲民主党の政治的立憲の理念そのものに即していると思います。
今はとりあえず例示しているのですけれども、政府が仮に4項目に絞ってくるならば、立憲という理念に基づいて、その4項目に対するあるべき改憲案と法律(改正)案を示す。こういったものを立憲民主党の独自の理念に基づく政治的主張として提起をしてはどうでしょうか。
最後に、繰り返しますが、先ほど言ったように、こういった政治的な立憲の主張を独自にしても、他方で自公に対抗する野党や市民も含めた立憲主義連合として、9条加憲・改憲に反対し安保法制と共謀罪を廃止する、という点における結集を呼びかけるということも同時に積極的に行うべきだと思います。それは全部、憲法学的な立憲主義に反するので、立憲民主党の理念に存在する、憲法的な立憲主義に基づいてこれも明確に提案してほしいと思います。
おそらく、立憲民主党が独自案を出そうとすると、護憲派の人は不安になったり反対したりすると思われるので、その両方の課題を平行して行なっていく。これによって独自の支持者を増やすと同時に、広範な結集を可能にする。そうして思想信条を超えた広範な国民の主権者意識を喚起し、もし与党が改憲の発議を強行するなら、主権者たる国民の意思によってそれを否決する。それによって日本国憲法は改めて国民によって選び直されることになります。そうすれば、もはや保守的な押しつけ憲法論は説得力が完全に色あせるでしょう。これは、立憲主義的な市民革命につながると思います。民主主義の危機を民主主義の再生へと転化するための大戦略をしっかりと打ち出してほしいと思います。
(この報告は2018年1月17日、小林正弥さんにインタビューしたものを編集部の責任でまとめたものです)
(現代の理論 2018年春号)


