鎌田慧 口誅筆伐(2)獰猛な国家への逆送 2017年夏

 やはり共謀罪について、書いておきたい。自公国会多数に増長、民主主義の流儀など歯牙にもかけない、安倍内閣の居丈高な強権が、自衛隊海外派兵、秘密保護法、共謀罪強行採決の構えとして露骨になった。

 共謀罪で真っ先に想い起こしたのが、「煙のような座談を事件に結びつけた」と管野須賀子が処刑される直前に書き遺した嘆きである。明治末期に幸徳秋水など12人が一挙に縊れ殺された「大逆事件」は、天皇暗殺の未遂でもない、準備行為でもない、共謀でもない、若者たちの夢想のような座談を処刑したものだった。

 天皇制否定の幸徳秋水が逮捕され、そのあと、全国的に社会主義者や無政府主義者が芋づる式に検挙され、起訴されたのは27人。このうち24人に死刑判決がだされた。が、罪一等を減じられて12人が無期懲役、3人が有期刑になった。共同謀議の証拠などどこにもない、警察・検事一体化によるデッチ上げの政治弾圧だった。

 このとき、検事総長代理だった平沼騏一郎の『回顧録』には、「事件が本当であれば秋水が首魁に違いない」と判断した、と書かれている。やがて総理大臣になる男の事実認識が、この程度であったのが、今につながるこの国の保守政治家と官僚たちの傲慢さをしめしている。こうも書かれている。「被告は死刑にしたが、中に三人陰謀に参与下かどうか判らぬのがゐる。死刑を言い渡さねばならないのが、ひどいと云う感じを有ってゐた。陛下に減刑の御沙汰の気配はないかと、桂(太郎、首相)さんから申し上げてみた。そして特赦することゝなった」

 のちに検事総長になる小山松吉は、検察官を集めた秘密の講話で、こう語った。

 「幸徳伝次郎(秋水)は此の事件に関係ない筈はないと云うのが、当時の関係官吏一同の意見であったのであります。管野スガはその内縁の妻であり、新村忠雄も宮下(太吉)も幸徳に無政府主義を鼓吹せられて、弟子同様になって居る者でありますから、幸徳がこの事件に関係ない筈はないと断定した松室(検事)総長も幸徳を共犯と認定する意見でありましたから、証拠は薄弱ではありましたが、幸徳も同時に起訴するやうになったのであります」「そこで不逞の共産主義者を尽(ことごと)く検挙しようと云うことに決定した」「邪推と云えば邪推の認定」「有史以来の大事件であるから、法律を超越して処分しなければならぬ、司法官たる者はこの際区々たる訴訟手続きなどに拘泥すべきでないと云う意見が政府部内にあった」

 国家を守る、と言う大義名分が警察官僚たちにあった。それが人権無視の治安国家をつくり、歯止めのないまま破滅を迎えた。その反省が敗戦を迎えたあとにつくられた、国民主権、基本的人権、平和主義の憲法のはずだった。ところが、いま、安倍内閣はそれを鼻でせせら笑って、強権大国を目指している。

 共謀罪は「一般国民」、つまりは素人衆には関係ございません。不逞のテロリストだけが対象の取締法です、と言い抜けようとしている。明治末期の幸徳大逆事件は、天皇制国家の「天皇に危害を加へんとしたる者は死刑に処す」とする刑法の時代のものだから、その時代の産物というひともいるであろう。しかし、このとき、死刑を免れたものの、無期懲役として30数年拘留されていた坂本清馬は、戦後になって冤罪を晴らすための裁判を起こした。しかし、結局、最高裁は坂本の特別抗告を棄却、彼は1975年、89歳で無念の死を遂げた。

 1925(大正14)年に成立した「治安維持法」は、「国体を変革することを目的として結社を組織したる者」と対象を限定していながら、「不逞の共産主義者」以外にも、平和主義者や自由主義者、宗教団体など、片っ端から逮捕、投獄、多くの犠牲者を出したことは、よく知られている。

 「改造」、「中央公論」などの総合雑誌編集者など30名を逮捕、拷問にかけて、「日本共産党・コミンテルン再建」の虚偽の自供を引き出し、両誌を廃業に追い込んだ「横浜事件」は、なかでもよく知られている。4人の獄死をだして、ジャーナリズムを冬の時代に引き入れた。そればかりか、全員を有罪にした裁判記録は消滅させられ、「不存在」。だから、未だに無罪判決、名誉回復できないままである。

 大逆事件、横浜事件ともに警察、検事の暴走による国家犯罪だった。その解決がなされないままに、またもや、「テロ予防」を錦の御旗にして警察の尾行、監視、盗聴、人権侵害が大手を振るって歩く、秘密警察国家が復活させられようとしている。はじめは、「テロリスト」、左翼、労組活動家、市民運動家と監視の対象が拡げられ、やがて国民総監視体制となり、別件逮捕、誤認逮捕がはじまる。しかし、裁判官は体を張って、阻止することはない。いま、わたしたちが、この獰猛な逆送に体を張るしかない。

(現代の理論2017夏号)

(アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より)