半導体で中国を封じ込め総力戦仕掛ける米国 

定説を疑え!経済の行方を読み解く(2)

蜂谷 隆(経済ジャーナリスト)

中国封じ込めのはずが


 中国のファーウェイが2023年8月に売り出したスマホ(P40Pro5G)は、斬新なデザインだけでなく最大5000万画素ウルトラビジョンカメラを搭載したこともあり、世界中のスマホファンを唸らせた。同じこのスマホを手にしたホワイトハウス高官は驚愕したという。中国では製造できないはずの回路線幅が7ナノ(ナノは10億分の1)メートルの半導体が搭載されていたからだ。
 そして24年2月、またホワイトハウスを震撼させるニュースが飛び込んできた。中国が5ナノ半導体製造技術の特許申請を行ったことが判明したのだ。
 中国の半導体の技術水準は14ナノ程度。それがいきなり一桁台の7ナノを実現、それも量産させたわけで、規制の間隙を縫って技術が中国に流れたのではという憶測も流れているが、米国からの強い規制に国内が結束、既存の製造装置などを駆使して実現させたと見られている。
 米国が半導体の対中規制を強めているのは、中国の最先端半導体を使ったAI技術が軍事に転用され、米国の軍事優位が崩れることを恐れているためだ。米国は先端半導体を「国家戦略上の重要物質」と位置づけている。米中の半導体開発力の差は4、5年といわれ、今封じ込めれば米国優位は揺るがないと見ている。
 しかし、中国の半導体技術の前進は、米国による対中国規制が逆効果であったことを示した。一体何のための対中国規制だったのかということなのだが、米国は規制を拡大、技術的に成熟し安定生産できる成熟半導体まで対象を広げるという。何が何でも中国を封じ込めるという米国の焦りが表れている。

脱中国のサプライチェーン構築


 米国の半導体戦略のねらいは、中国封じ込めなのだが、それだけではない。先端にとどまらず10~32ナノの成熟半導体、40~90ナノの汎用半導体の多くは台湾、韓国、東南アジアで製造されている(図表1)。「台湾有事」を考えればリスクは大きい。そこで先端や成熟半導体の製造を米国に呼び戻すだけでなく、EU諸国や日本など有志国と連携、脱中国のサプライチェーン(供給網)を再構築しようというのだ。


 投資が巨額になり分業が進む
 

 半導体の歴史はさほど古くはない。軍事や民間で本格的に半導体が使われるようになったのは1970年代以降である。『半導体戦争』(クリス・ミラー著)によれば、ベトナム戦争で使われた「『スパローⅢ』対空ミサイルは、手作業ではんだづけされた真空管に頼っていた」という。同ミサイルの命中率は9・2%だったが、理由は66%が故障、残りは標的をはずしたとベトナム戦後に分析している。
 70年代に入ると半導体の開発は、シリコン上に配置するトランジスターとより細い回路線幅にする微細化によって進められてきた。微細化が進むとより機能が高い製品を作ることができる。特に頭脳の役割を担うロジック半導体は、コンピュータのCPU(中央演算処理装置)が用いられる。ここで主導権をとったのが米国のインテルである。世界的なパソコンブームの到来で高いシェアを獲得した。
 2000年代に入ると転機が起こる。設計など開発だけでなく製造の投資額が膨れ上がり、リスク回避のため、設計と製造の分業が顕著になった。アップルは典型的な設計会社だが、今年になって株高を演じた米国のエヌビディアも設計に特化している。こうした企業は製造部門を持たないためファブレス企業といわれる。
 ファブレス企業から受託生産を受ける企業はファウンドリーといわれ、その代表が台湾の台湾積体電路製造(TSMC)である。どんな難しい設計も製造し量産化させる技術を持ち、世界シェアの6割を占める巨大企業だ。このほか、基本回路の設計図を提供する企業もある。英国のアームはその代表格だ。アームの設計図でないと最先端の半導体開発はできないといわれるほどだ。10年代に半導体業界のビジネスモデルは大きく変わったのである。
 これ以外にも製造の前工程に使われる露光装置など製造装置がある。日本やオランダはこの分野で強みを発揮している。
 二つ目の大きな変化は、ロジック半導体の中でCPUを補佐するGPUの比重が高まったことである。GPUはゲームやデジタルメディア、科学計算などの用途で使われるようになったが、並列処理能力を活用することで計算を高速化することが可能となった。
 そこで登場したのが生成AI(人工知能)である。膨大なデータを高速処理することでAIは力を発揮する。
 GPUはエヌビディアが90年代から開発を進めていたもので、GPUが花開くのと反比例する形でインテルが凋落した。インテルはCPUに特化してきたことが裏目に出たのだが、自社で開発から製造・販売まで手がけていたため開発、製造のどちらかのリスクをとることができず、中途半端になってしまったのである。エヌビディアの飛躍とインテルの凋落は、この10年余の半導体の象徴的な出来事といえよう。
 三つ目のの大きな変化は中国の台頭である。中国の半導体が世界で意識されるようになったのは10年代後半。インテル、台湾のTSMC、韓国のサムスン電子などが中国に生産拠点をつくり、サプライチェーンを構築した。その中で中国は半導体の開発や製造技術を高めたのである。
 中国の技術力向上に危機感を持った米国は、18年にファーウェイなどに対する半導体製造装置など輸出管理規制を強化した。その後、20年に多額の補助金を出すことで、中国にも工場を持つTSMCをアリゾナ州に誘致、22年には半導体の国内製造を促進する法律「CHIPS法」を成立させた。巨額の補助金を可能にしたのだが、同法の「ガードレール」には「補助金を受ける企業は10年間、中国の最先端半導体投資および拡張を禁じる」としている。
 そして同年10月、半導体製造装置や半導体成膜装置、部品、材料などまで拡張した規制を決め、日本やオランダにも追随を求めた。米国の対中国規制が戦略的に行われたのはバイデン政権になってからである。


 巨額の補助金で製造を米国内に誘致


 ここで注意しなければいけないのは、「CHIPS法」で明らかなように米国の半導体戦略は対中国規制だけではなく、米国本国で半導体製造を行うことに重点が置かれていることだ。
 前述したように米国の半導体は、ビジネスモデルの転換の中で製造部門は、米国から撤退、空洞化を起こしてしまった。そこで穴のあいたパズルを埋める(ミッシングピース)ためTSMCを誘致したのである。
 しかし、米国で製造するのはコストが高い。渋るTSMCを巨額の補助金で説得した。補助金の威力はすごい。凋落著しいインテルはファウンドリーとして、同じアリゾナ州で約3兆円をかけて新工場を建設(24年稼働予定)、さらに韓国のサムスン電子、SKハイニックスも米国で工場建設に踏み切った。バイデン政権は半導体の補助金として、すでに520億㌦(約7兆8000億円)を用意している。巨額の補助金というバラマキで米国に製造部門を引き寄せたのである。
 巨額の補助金は自由な競争を害するためWTO違反となる。米国は中国が行う補助金に対して国際競争力の歪みが生じると厳しく批判していたのだが、今や米国は中国以上の補助金漬けで国内投資促進を行っている。WTO規定には「安全保障を除く」という例外規定があり、米国はこの例外規定を活用していることになっている。
 つまり米国は中国に対して、なりふり構わず強引な手法で「総力戦」を仕掛けているのである。
 以上のような米国の半導体戦略は実現可能なのだろうか。筆者は疑問に思っている。
 一つは、すでに述べたように中国は自国の技術で最先端の7ナノの半導体を製造した。今後も同じような事例が出てくるだろう。GPUの技術開発もエヌビディアなどに比べ劣っているとはいえ、ファーウェイや半導体設計専業のカンンブリコンは、AI処理向けの高性能GPUを開発しており、着実に成長しているといわれる。
 二つ目は、中国の半導体を使った市場が大きいことである。スマホ、自動車、家電製品など世界の35%のシェアを有している。また半導体自体の生産もロジック半導体のうち成熟半導体で19%のシェアだ。つまり需要も供給も世界経済にガッチリ組み込まれている。アイフォンの組み立ての大半は中国で行われているし、中国の設計会社は台湾のTSMCで製造している。TSMCは中国にも工場を持っているといった具合だ。
 中国を外すことは至難の業だ。台湾、韓国だけでなく日本もEU諸国も厳しくなる。米国企業も同様だ。いくら先端半導体は「戦略物質」といっても、経済を壊しては元も子もない。
 三つ目は巨額の補助金だ。巨額の補助金によって半導体の投資が可能となると歯止めがかからなくなり、国の財政圧迫要因となる。日本のみならず米国も財政問題を抱えている。失敗すれば国民負担が増すので政府は批判にさらされるが、うまく行けば補助金なしで開発ができないということになりかねない。今後、半導体需要が爆発的に増えるという見通しがあるとはいえ長続きする施策ではない。
 しかも米大統領選でバイデンが勝利しても「もしトラ」になっても、政治の不安定が続き米中対立は思わぬ方向に進むというリスクがある。米国の分断が進みポピュリズムが強まると、さらに自国中心主義に傾斜することを現在の過熱する半導体戦争から見ておくべきだろう。

参考文献
1 クリス・ミラー『半導体戦争-世界最重要テクノロジーをめぐる国家間  の攻防』(ダイヤモンド社、2023年)
2 湯ノ上隆『半導体有事』(文春新書、2023年)
3 太田泰彦『2030半導体の地政学[増補版]―戦略物質を支配するの は 誰か』(日本経済新聞出版、2024年)
4 「丸ごと一冊「半導体」半導体沸騰」『週刊ダイヤモンド(2024年2 月24日号)』(ダイヤモンド社)
5 蜂谷 隆『補助金漬けの国策工場で「半導体復活」は可能なのか(上・ 下)』(「蜂谷隆のブログ」2024年4月)