中国による資源開発と環境政策~中国だけの問題なのか(1)

西原 智昭 

 小型機に乗り込んだぼくは憂鬱な気持ちだった。中国の石油開発企業がロアンゴ国立公園の境界域にキャンプ地を作ったと聞き、その真偽を確かめるのが目的だったからだ。ガボン共和国のロアンゴ国立公園は世界に稀に見る原生の熱帯林だけでなくそれに続く原生の海岸部を持つ極めて生態学的に価値の高い場所だ。その境界域への中国企業の進出はにわかに信じがたかったのだ。
 機体は高度を下げ、国立公園の境界となっているレンボ・ラビ川上空に近づいた。眼下に見える森林が切り開かれた場所に、大きなテント風の小屋がいくつも見える。これが中国人企業の前線基地に相違なかった。2006年のことである。
 ガボンは日本の国土の約3分の2、人口は200万人程度、アフリカ熱帯林地域西部の大西洋岸側に位置する。ぼくも調査メンバーの一人であった1999年から2000年にかけて実施されたWCS(1)の広域調査「メガトランゼクト」 (2)により、ガボンの豊かな自然と生物多様性が確認された。そのとき現地入りしたナショナルジオグラフィックのチームの写真や映像を見たガボンの大統領は、国土の約11%を国立公園に指定することにしたのだ。
 ロアンゴ国立公園はそのときに制定された13の国立公園の一つで、原生の森と海岸を有する希少価値の高い場所である。森林が迫る海岸部の砂浜には、マルミミゾウやアカスイギュウ、ニシゴリラ、ヒョウなど森林に生息する野生動物が頻繁に出入りする。そればかりでなく、淡水域のみに生息するカバがラグーンから出て砂浜を歩き、海に入り波乗りする光景まで見られる。沿岸部の海域では、季節によってはザトウクジラやイルカの群れが観察され、別の季節には巨大なオサガメなど何種類かのウミガメが産卵のために砂浜に上陸する。
 これほど野生生物が豊かに生息する、人為的影響の少ない海浜部は地球上ではもはや皆無であろう。ぼく自身は2003年から2006年までWCSスタッフとしてこのロアンゴ国立公園のマネージメントに関わり、研究調査やツーリズムのコーディネートに従事してきた。2005年に開催された愛知万博では、ぼく自身ガボン政府に依頼されガボン国のブースにてロアンゴ国立公園を始めとするガボンの豊かな自然と生物多様性の展示を実施した。
 ガボンは1958年の独立以来、アフリカ中央部諸国の中で唯一内戦のない国である。その安定した国家経済を支えていたのは石油資源であった。特に海岸部の陸地や海底には豊かな石油鉱床があり、日本を含む多国籍企業の油田基地が多い。ロアンゴ国立公園南部の森林地域では大手の海外企業が石油採掘を継続していた。海底油田のパイプラインからはときおり油流出事故が起こり、海岸部の環境汚染も生じていた。世界にも稀な生息地を持つ海浜部があるにもかかわらず、この国立公園とその周辺部が世界自然遺産に登録されない理由はそこにある。
 とはいえ、すでに制定された国立公園の境界域で、中国の企業が石油埋蔵調査を始めるというのは腑に落ちない。地球が持つ自然遺産と言えるロアンゴ国立公園に影響が及びかねないからである。聞くところによると、SINOPEC(3)という名のその企業は中国第二の国営石油企業であり大規模な資源開発国家戦略のもとガボンにも事業展開したのだ。一方、石油立国であるガボンもさらなる石油開発の可能性を模索していたに違いない。
 「我が国の国家経済を維持するには資源開発は肝要である。仮にその開発区がすでに制定された国立公園と重なる場合であっても開発を優先する。その場合はその国立公園の面積に相当する別の場所を代替の国立公園として制定する」と、13の国立公園を制定した同じ大統領が開発優先政策の声明を出したのである。SINOPECに許可された開発地域はロアンゴ国立公園とほぼ重なっていた。仮にロアンゴ国立公園が石油開発区に転換されることになった場合は、その地域が元来持っている地球上類まれな生物多様性の宝庫を失い、それに代替し得る場所などはない。極めて憂慮すべき事態であった。

(1)Wildlife Conservation Society(野生生物保全協会、国際NGOで本部はニューヨークにある)
(2)コンゴ共和国北部から隣国・ガボン共和国のアフリカ熱帯林地域を1年半かけて生態学的調査をしながら踏破したプロジェクト
(3)China Petrochemical Corporation(中国石油化工集団公司)

にしはらともあき (国際野生生物保全協会自然環境保全研究員/星槎大学特任教授)

ガボン共和国ロアンゴ国立公園の境界地域に設置された石油採掘中国企業のキャンプ地(撮影 西原智昭)

(現代の理論2022冬号)