中国による資源開発と環境政策~中国だけの問題なのか(3)

西原 智昭

 2007年われわれ監査チームのメンバーは、6カ月間、ロアンゴ国立公園内において中国の石油企業SINOPEC(1)の基地をベースにした。環境基準に対するチェックだけではなく、日常的に中国人幹部と対話を繰り返し、諸基準に対して念入りにチェックした。たとえば使用中の道路で倒木が起こり車両の通行ができない、そのとき倒れた樹木をチェンソーで切ってよいかという問い合わせがあれば、実際現場でそれを確認、森林環境や野生動物への影響が最小限になる範囲でのチェーンソー利用を認めた。幹部とは通常英語でやり取りしたが、必要に応じてカタコトの中国語をも利用した。
 重要事項の連絡があるときは、朝礼時に中国人・ガボン人の労働者全員の前でぼくが英語/仏語で通達、それは通訳により即時中国語に翻訳された。新たな基準に関する場合は、中国人労働者はその規約を遵守するために書面に署名をする。違反した場合の罰則規定も書かれていたと聞く。違反の場合は数日間の労働自粛とキャンプでの食料配布なしなど厳格なルールがあったらしい。希少動物のポスターや日常の衛生管理に関わるイラストが掲載されたチラシを掲示板に貼り、全員への啓蒙活動も日常的に実施した。
 「ぼくらの仕事には土日もないんだ。毎日朝4時に起き、日の出前に仕事開始、ノルマが終わるまではキャンプに帰れない…ときには夜、暗くなってからキャンプに戻ることもある」とある幹部はぼくに漏らした。監査チームにも休みはない。毎日彼らの活動をチェックしなければならないからだ。「でも中国本土ではなかなか仕事がない。ガボンでの仕事への募集があって、みな物凄い倍率をかいくぐってやっと得た職。給与は中国にいる家族に送金される…」。労働条件は厳しいようだ。その分、事業は計画通り順調に進んでいった。
 過酷な労働に対して、海外に進出するこうした中国企業では一部囚人を利用しているとは聞くが、職の確保が難しい中国ではこうした海外での事業が家族を養う千載一遇の機会であるらしい。日々慣れ親しんでくるうちに、英語を話せない中国人労働者とも対話を始めるようになった。多くがとても真面目で気のいい人で、まじめに労働に励んでいた。
 ぼく自身も中国人たちと寝食をともにするのは初めてで、彼らの習慣に慣れるのには少し時間を要した。辟易したのはドアのないトイレ。特に「大」をしているときトイレの前を誰かが歩けば丸見えなのだ。だから皆が寝静まっている早朝に「大」を済ませるようにした。ただ町の市場などから調達した食材と、中国から直接コンテナで運んできた食材を使っての中華料理を毎日食べられたのはこの上もない楽しみであった。朝はお粥、昼食としては中華饅頭を持ち現場へ出かけ、夕食は食堂で中華を食べた。「同じ釜のメシを食べる」ことで一層彼らとスムーズなやり取りが可能となった。
 国立公園の中で小道づくりやダイナマイト爆破などを繰り返す毎日。移動中に野生動物を見る機会も少なくなく、森林の中に存在する見通しのいい草地ではマルミミゾウやアカスイギュウの群れには毎日のように出会った。運が良ければニシゴリラやシタトゥンガ(小型のウシ科の動物)なども見かけた。当初はこれらは食肉用、あるいは売り物になる象牙の持ち主としか思わない中国人がいたかもしれない。しかし、保護されるべき野生動物との日常的な出会いは彼らの野生動物に向ける目を少しずつ変えていったようだ。
 草原の向こうにマルミミゾウが見える。すると、争うように「ゾウを背景に写真を撮ってくれ」とせがまれる。もはや彼らにとってゾウは象牙を手に入れることができる対象ではなく、保全すべき野生動物となったのである。写真に収めるときの彼らの笑顔はとても印象的だった。
 こうして6カ月間の事業は続いた。始めは戸惑いもあった環境基準は、日を追うにつれその遵守はほぼ完璧なものとなっていった。否、彼らは何も知らずにこの地にやってきた。動物がいれば取って食べる。象牙があれば手に入れる。本国でのそうした日常をそのまま続けていただけなのだ。ただ自然環境や野生生物を尊重すべきだと学べば100%履行する。その真摯さに中国人の底力を感じないではいられなかった。(つづく)

(1)China Petrochemical Corporation(中国石油化工集団公司)

にしはら ともあき(国際野生生物保全協会自然環境保全研究員/星槎大学特任教授)

ガボン共和国ロアンゴ国立公園内でマルミミゾウとともに写真に入る中国人労働者
(撮影 西原智昭)