中国による資源開発と環境政策~中国だけの問題なのか(2)

西原 智昭

 2006年に設置されたSINOPEC(1)基地(前号記事参照)を始めて訪れたとき、いきなり中国語で何か言われた。日本人だというと通訳が「象牙を買いに来たのか」と英語でぼくに聞く。中国人あるいは日本人なら象牙を買うに違いないと思っていたのか。きっと中国人は石油開発事業のかたわら、象牙取引という違法行為にも関わっているのだろうと直感した。「いやいや、ロアンゴ国立公園の管理に携わるものとして御社キャンプ地を下見に来たのだ」と英語のできる幹部に説明した。SINOPECとの直接の付き合いの始まりである。
 「いやね、オレたちはまさかここが国立公園だとは知らなかった。ガボン政府から石油開発のための許可が降りたのではるばる中国からやってきたんだ」とSINOPECの幹部の一人は後日ぼくにつぶやいていた。2006年に国立公園周辺部で石油埋蔵調査を展開したSINOPECは、翌2007年には許可のもと国立公園内部での同事業開始が決定していた。
 ガボン政府から許可されたとはいえ、野生生物保全にとっては由々しき事態であるが、大統領勅命であるためSINOPEC事業の中止は不可能だ。そこで、ガボン環境省は国立公園への影響を最小限にするための条件作りを始め、その履行を毎日現場でチェックする監査チームを立ち上げた。監査はロアンゴ国立公園管理に従事していたWCS(2)にその役目が委託され、そのチームリーダーとして3年WCSスタッフとして国立公園管理に関わってきたぼくが任命された。国立公園管理を担う森林省スタッフ一人とともに、現地をよく知る4~5人のガボン人で監査チームは結成された。
 監査の目的は、自然環境や野生生物に及ぶ影響を可能な限り逓減することだ。第一に野生生物保全。1年目の2006年は国立公園外であったとはいえ、中国人は食料源として近くのラグーンにて大量の魚を捕獲したり野生動物の肉を調達していた。2年目の国立公園内ではそれらは一切許されない。象牙取引や密猟も一切禁止だ。それを周知し、食材も町の市場から家畜の肉や魚等を調達するべきだと説明する。
 第二に、最小限の樹木伐採による車道開発、通行車両の限定(SINOPEC、監査チーム、関係省庁のもののみ)、道路上への検問所設置と常時監視、車内に象牙や野生動物の肉など違法物存否のチェック、また生息数の多い野生動物と車との衝突を回避するための速度制限設定などを通達した。
 次に重要な点は人畜感染症を防ぐ手立てだ。国立公園に入るすべての労働者への健康診断及び必要な予防接種の義務付けや、国立公園内キャンプ地でのトイレ管理、台所用水や浴室からの汚染水などの適正処理、ゴミ管理などを周知した。
 石油埋蔵調査の実施のためにさらなる条件が付加された。地下埋蔵量を査定するには、地下深くに埋め込んだダイナマイトを爆発させそのときの振動結果から存否を検証することが不可欠であった。まず、ダイナマイト爆破装置に繋げる長い導線を設置するための森林内の小道は一人が通れるほどの狭いものとしその際に除去する植物を最小限とすること、またダイナマイト爆発に伴い爆音・振動だけでなく地下の土壌の噴出が起こるため、爆破前に必ず周囲に野生動物がいないことを確認することなどを義務付けた。
 環境基準だけではない。地域住民との関係など社会問題についても基準を設けた。1年目の2006年はコックからドライバー、ガードマンに至るまで労働者はほぼ中国人であった。それを改め、2007年は必ず多くの地域住民の雇用を義務付けた。ガボンの労働法に遵守した契約書作成だけでなく、事業従事中の危険手当なども設定するよう通達した。また、多国籍企業の林業やロアンゴ国立公園でのツーリズムなど周辺地域の他の事業者とも対話を重ね、必要に応じて協力・連携するよう促した。一方、国立公園内での石油探索事業という異例の事態を取材に来る多国籍のメディア訪問にはきちんと対応することなどもアドバイスした。 (つづく)                 

(1)China Petrochemical Corporation(中国石油化工集団公司)
(2)Wildlife Conservation Society(野生生物保全協会、国際NGOで本部はニューヨークにある)

にしはら ともあき(国際野生生物保全協会自然環境保全研究員/星槎大学特任教授)

ガボン共和国ロアンゴ国立公園内での地下ダイナマイト爆破の光景(撮影 西原智昭)

(現代の理論2022春号)