デス記者日誌(3)望月現象「安定のガースー」を崩す 2017年秋

南 彰

▶崩れた「鉄壁」

 「現在は不安定です。ヒャヒャヒャ」
 8月14日、BSフジのプライムニュース。「ネットの世界で『安定のガースー』と呼ばれているのを知っているか」という視聴者からの質問を尋ねられた菅義偉官房長官は自虐で応じた。
 第二次安倍内閣の発足以来、「鉄壁」と称されてきた菅氏も、最近は感情の起伏が激しい。東京新聞社会部の望月衣塑子記者の登場で、その壁が突き崩されつつあるからだ。私が初めて記者会見場で一緒になった6月28日も、望月さんは加計学園の獣医学部新設問題をめぐる安倍晋三首相の言行不一致を中心に問いただしていた。
 「昨日、竹下国会対策委員長が『安倍総理が加計問題について追及されることを嫌がっている』として、国会開催拒否したという話が出ている。『真摯に対応していく』と首相が会見で言った話と完全に矛盾するが、政府として、どうして安倍総理からそういう発言が出たとお考えですか」
 「総理、そんな発言されているんでしょうか? 事実関係を明らかにした上で質問して欲しいと思います」
 「竹下委員長が民進党の山井国対委員長に対して、なぜ開催しないのかという理由として、『総理が加計問題の追及を嫌がっている』と報道に出ています。会見での総理の表明と矛盾していると思うが、政府としてこの相違をどのようにお考えか」
 「ですから、事実かどうかというものを、まず確認した上で、ご質問していただきたいと思います」
 「安倍総理側にこのような発言をされたかどうかを確認する必要があるということですね」
 「安倍総理じゃなくて、そう言われた人に確認されるべきじゃないですか。確かな根拠に基づいて質問して欲しいと思います」
 望月さんの参戦から3週間が経ち、菅氏は「事実に基づいて質問を」「主観の質問には答えない」と質問者をあからさまに攻撃するようになっていた。そうした空気は周囲にも伝播する。
 「きょうはいままでで最長かなあ」
 41分間に及んだ記者会見を終えた長官番の話題の中心も、望月質問の論評だ。
 「『ヤマイ』と言っていたよ」と廊下で小さな笑いが起きる。民進党の「ヤマノイ委員長」を「ヤマイ委員長」と言い間違えたことをあげつらっていた。

▶産経新聞が東京新聞に質問状

 それでは、望月さんの質問は、菅氏が言うように根拠が乏しいものなのか。
 答えはNOだ。山井氏は国対委員長会談後、「竹下委員長から『安倍総理はやっぱり加計学園で追及されることを非常に嫌がっているようだ』という話があった」とカメラの前で言い切っている。
 政府や各党幹部の発言メモを共有している政治部の記者であれば、そのメモを元に「民進党の山井国対委員長が言っている」と押し返せた。社会部在籍の望月さんには野党幹部のメモまで共有していないハンディキャップがある。そのため、質問が「報道に出ている」という言い回しになり、少し間接的な印象を与えてはいるが、菅氏がこじつけの理由で答弁を避けたのが実態だろう。
 そうしたなか、産経新聞の長官番が東京新聞に質問状を出した。
 ――望月記者の質問に対し、菅氏は「主観に基づく質問には答えない」などと述べることがあるが、望月記者は主観に基づいた質問をしている認識はあるか
 ――記者会見の司会から「質問は簡潔にお願いします」「同趣旨の質問は控えてください」などと注意を受ける場面があるが、改善の必要性についてどう考えているか
 官邸の指摘をベースにした質問項目が並ぶ。7月18日、産経新聞のデジタル版に東京新聞の回答を踏まえた記事がアップされた。タイトルは「官房長官の記者会見が荒れている! 東京新聞社会部の記者が繰り出す野党議員のような質問で」。文中には次のような長官番の自負がちりばめられていた。
 「官邸の会見場には、クラブ加盟社の官房長官を担当する長官番をはじめ多くの記者が集まり、長官番がその社を代表して質問するのが通例だ」
 「会見後は、締め切りに間に合うよう原稿を執筆するため、質問は簡潔にまとめて最小限に抑えることが、各社の長官番の間では、大前提となっている」

▶「トランプと同じ」

 元ニューヨークタイムス東京支局長のマーティン・ファクラーさんにスカイプで話を聞いた。
 「『主観の質問には答えません』という答弁が頻発していることについてどう思いますか」
 「菅さんが『主観的』とおっしゃるときは、トランプ大統領が『フェイクニュース』というのと同じですよ。『あなたは反政権的な野党である』と攻撃し、ジャーナリストの存在そのものを否定しようとしているんです」
 かつての官房長官会見は四方八方から質問が飛び、今よりも自由なやりとりの場だった。
 私が2011~12年にかけて野田内閣の長官番を務めたときには、質問者が手を挙げて、官房長官の指名を受けてから質問するようになっていた。その様子を聞いた長官番経験者から「そんなこと絶対にするな」と釘を刺されたこともある。当時の私は「質問が出尽くすまで打ち切られることはないので、そのくらいはいいのではないか」と現状を追認してしまったが、安倍内閣ではさらにルールが厳しくなり、一問ごとに社名と氏名を名乗るルールが課せられた。質問にかみ合わない答弁であっても、改めて社名と氏名を名乗らなければ、質問中に司会者の官邸スタッフが遮ってくる。「記録にない」「記憶にない」という強弁を重ね、追及する側を諦めさせることが狙いの官邸にとって、有効なルールの一つとして機能している。
 孤軍奮闘する望月さんに対し、菅氏はゼロ回答で応じるようになる。「ここは質問に答える場ではない」と政府のスポークスマンとしての自らの役割を否定するような発言まで飛び出した。
 「答えなければニュースにならない」と見透かし、質問側の孤立を狙っていくようなやりとりを見ていて、私はその答弁を逆手にとって、菅氏の本質を浮き彫りにすることが必要だと考えた。
 加計問題で国家戦略特区ワーキンググループの議事録の公開を拒むやりとりが続いた8月8日の記者会見。「歴代の保守政治家は歴史の検証に耐えられるように、公文書の管理に力を入れてきた。ある政治家は『政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録はもっとも基本的な資料。その作成を怠ったことは国民への背信行為』と記している。そのことを本に記していた政治家は誰かわかりますか」と尋ねた。
 「知りません」
 いつも通りに答えた菅氏に種明かしをした。
 「官房長官の著作に書かれている。2012年に記したその見解と、いま政府で現状起きていることを照らしあわせて、忸怩たる思いはないのですか」
 そうした会見でのやりとりを「菅氏、自著の主張も『記憶にない』?」と記事にまとめてデジタル版で配信すると、フェイスブックで1万件以上シェアされていった。
 議員会館などで、菅氏が長官番すら遠ざける姿が目撃されるようになった。すると、お盆休み前最後となった8月10日の会見後、産経がデジタル版で新たな記事を公開した。
 「東京新聞記者に朝日新聞記者が〝加勢〟菅義偉官房長官に同趣旨の質問攻め 会見時間の半分を浪費」
 ここは質問に答える場ではない、という菅氏の失言への批判はない。その真意を問う質問者側に焦点をあてた内容だった。

▶北朝鮮対応の影

 望月さんの問題提起を受け止め、政府の説明責任を取り戻そうと努めるのか。
 それとも「質問に答える場ではない」と言われた記者と私は違うと思うのか。
 「ヤマイ」と嘲笑する輪にいた長官番の記者も葛藤を抱えていると思うし、勝敗のカギを握る。そうした攻防が続くなか、新宿のゴールデン街でメディア有志が集った。
 テレビ局のメンバーが口にしたのは、北朝鮮のミサイル発射に備えた訓練の強化ぶりだ。発射した後、他社より早く特番に切り替えられるようにと、番組ごとの訓練が行われているという。
 視聴率の稼ぎ頭でもある北朝鮮問題に、テレビ各社はますます意識を集中するようになっているのだ。菅氏も北朝鮮対応の記者会見には力を入れる。テレビ局の一人がつぶやいた。
 「官邸からそこまで指示されているとは思わないんだけど、メディアの側がある種忖度をして、動いてしまっているんだよな…」

《南彰プロフィール》
1979年生まれ。
2002年朝日新聞社入社。仙台、千葉総局を経て、2008年から政治部。
青木幹雄氏の担当時代に出雲の政治風土をつづったルポ「探訪保守」を執筆した。
2013年~15年は大阪で大阪都構想の住民投票に突き進んだ橋下徹氏を取材、共著「ルポ・橋下徹」を出版。
2023年10月、朝日新聞社退社。現、琉球新報編集委員

(現代の理論 2017秋号)

*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より