デス記者日誌(2) 深刻化する日本のフェイクニュース 2017年夏

報道各社は共働でファクトチェックを

南 彰

◆籠池氏の単独インタビュー◆

 通常国会で安倍晋三首相を大きく揺さぶった二つの「学園」問題。その中心となった森友学園(大阪市)の前理事長・籠池泰典氏と対面したのは、大型連休明けの5月8日。都内のホテルの一室だった。

 籠池氏がこの春まで開校準備を進めていた小学校には、安倍首相の昭恵夫人をはじめ、自民党、日本維新の会を中心に多くの政治関係者がかかわっていた。

 国有地の取得と学校設置の認可。通常の行政手続きでは難しかった二つの壁をどのようにしてクリアしたのか。いわば「特区」のように扱われた森友学園問題のなぞを解き明かすには、籠池氏の証言が欠かせない。関係者を通じて働きかけていたところ、証人喚問後、新聞・テレビでは初めてとなる単独インタビューに応じたのだ。

 2カ月前にテレビカメラの前で朝日新聞批判を展開した姿とは一転、穏やかに部屋に迎え入れてくれた籠池氏。この日傍聴した衆院予算委員会の集中審議を振り返った。

 「私が傍聴席にいることは知っていらっしゃったようだけど、(答弁は)あてつけのような感じでしたねえ。『自分は(学園をめぐる動きを)知らないんだ』ということによって防御せざるをえない。子どもじみていると思い、ちょっと含み笑いをしてしまいました」

 この日の審議では、読売新聞のインタビューで明らかにした憲法改正案について、安倍首相が「自民党総裁としての考え方は相当詳しく読売新聞に書いてありますから、是非それを熟読して」と答弁を拒む場面があった。

 「自由民主党総裁は私人なの?公人やろ?変なことをいっているな、と思いましたが、『ああ、そういう判断をしているから、安倍昭恵夫人を私人と閣議決定したんやな』と」

 籠池氏によれば、当初は国有地取得も容易ではなかった。近畿財務局は「買い取りが原則」といって、定期借地を望んだ籠池氏とまともにとりあってくれなかったという。

 状況を一変させたのが、後に名誉校長に就任する昭恵夫人の存在だった。

 籠池氏は昭恵夫人と一緒に小学校建設予定地を視察した話を近畿財務局の担当者に伝えると、「それって、写真とかはあるんですか」とたずねられた。

 「ありますよ。これです」

 「コピーをとらせてもらっていいですか。これは局長にも見せないといけないことなので」

 「ああ、かまへん、かまへん」

 籠池氏は同じ写真を見せてくれた。撮影は2014年3月。昭恵夫人と籠池夫妻が澄み渡った青空をバックに「同志」としての笑みをたたえていた。

 「安倍晋三記念小学院」という当初の名前に代わり、「瑞穂の国記念小学院」と命名したのも、この視察での昭恵夫人の一言がきっかけだった。昭恵夫人が「ここ、いいですねぇ。田んぼができそうな土地」といった事がヒントになり、籠池氏が「じゃあ、瑞穂の国ですね」と応じたという。

 これらは籠池氏側の言い分ではあるが、政府側が「記録がない」「記憶がない」と追及する側を諦めさせようとするなか、真相解明の新たな足がかりとなる。

 「安倍総理」と書かれた携帯番号を懐かしそうに示した籠池氏は、安倍首相に傾倒していた自身の歩みへの自戒も込めてこうつぶやいた。  「保守というのは本来、風呂敷のように包み込むものだけど、安倍さんの保守は違うんだよね。いろんなところに穴が明いていて、ふるい落とされていく」

◆辻元清美さんの問題って?◆

 籠池氏の証言で首相夫妻の関与が焦点となるなか、不可解な国有地格安払い下げの追及で足並みをそろえていたメディアもふるいにかけられた。

 起点となったのは、安倍首相が3月24日、自民党議員を通じて公表した昭恵夫人と籠池氏の妻がやりとりしていたメールの記録だ。

 籠池氏が前日の証人喚問で、「この問題が国会で議論されるようになってから、私の妻のところに昭恵夫人から、口止めとも取れるメールが届いた」と証言したことに反論することに狙いがあるようにも見えたが、そこにはある野党議員の名前があった。

 民進党の辻元清美衆院議員だ。

安倍政権や日本維新の会と対峙し、森友問題でも疑惑を追及する先頭に立っていたが、籠池夫人が送ったメールに、辻元氏の名前とともに「幼稚園に侵入しかけ私達を怒らせようとしました」などと記されていた。

 3月27日夜のフジテレビの「Mr・サンデー」で、森友問題の今後の焦点を問われたジャーナリストの山口敬之氏(元TBSワシントン支局長)は「辻元議員の問題」と書いたパネルを示した。

 「辻元さんの問題って?」

 そう驚くメインキャスターの宮根誠司氏に、安倍首相に近い山口氏はこう解説した。

 「安倍昭恵さんと籠池諄子さんのメールのなかで、籠池諄子さんが何回か辻元さんに言及しているんですね。工事現場に辻元さんが作業員をもぐりこませたとか。辻元さんも民進党も『これはない』とコメントを出しているんですけど、これは安倍昭恵さんが『(籠池氏に)100万円を渡していない』と言っているのと同じで、悪魔の証明なんですね。『我々をこれだけ追及していたのだったら、辻元さんもなかった証明しなさいよ』と」

 翌朝の朝刊では、産経新聞が同じメールの記録などをもとに、「民進・辻元清美氏に『3つの疑惑』民進党『拡散やめて』メディアに忖度要求」とする記事を政治面のトップで展開した。

 この日は安倍首相が出席する参院決算委員会が開かれることになっており、民進党は昭恵夫人の証人喚問実施へ追い込もうと準備していた。守勢に立たされていたはずの安倍首相はさっそく産経新聞の記事をもとに、民進党議員の喚問要求を跳ね返した。

 「御党の辻元議員は、メールの中で書かれていたことが産経新聞に今日、『三つの疑惑』と出ていましたね。『一緒にするな』とおっしゃいますが、これも証明しなければいけないということになる」

 疑惑の内容は、著述家の菅野完氏がネット上に公開した諄子氏のインタビューで、実際に侵入をみたわけではないことが判明。「作業員を送り込ませた」という内容についても、3月29日夜のTBSラジオ「荻上チキSession22」で「工作員」とされた作業員が「全く面識もない」と証言、実態を伴わないものであることが明らかになっていった。

 それでも、産経新聞は3月31日付の朝刊に「民進党の抗議に反論する――恫喝と圧力には屈しない」と題した石橋文登政治部長の論文を掲載。「蓮舫氏の『二重国籍』疑惑も含めて今後も政界の疑惑は徹底的に追及していきたい」と主張した。

 「産経は自民党担当の記者まで、大阪に送り込んでいるようだ」

 国会内ではそんな情報が駆け回った。関西の生コン業者によると、実際に産経の政治部記者が取材にやってきたという。

 これといった続報はなかったが、昭恵夫人の証人喚問要求をめぐる国会の空気は確実に緩んだ。

 「なぜ辻元清美の名前が出て止まったのか」

 月刊誌『WiLL』の2017年6月号にはそんなタイトルの対談が掲載された。話し手は、山口氏と元産経新聞記者の高山正之氏だ。ネット上にも「辻元」と「疑惑」を結びつける情報が拡散されていった。

 国有地売却問題に関して、政権側は「関係者の同意が必要」といって関係資料の開示をことごとく拒んできた。その自らの取り決めに反してばらまいたメールは、一部メディアを通じて大きな影響力を及ぼしていった。

◆前川発言と守秘義務?◆

 メディアの分断が進むなか、森友問題に続いてはじけたのが、安倍首相の「腹心の友」が理事長を務める加計学園の獣医学部新設問題だ。

 「総理のご意向」などと書かれた文部科学省作成のメモが5月17日付の朝日新聞朝刊で明るみに出て、一気に疑惑が深まったが、実は前日の深夜、NHKでこんなニュースがひっそりと流れていた。

 「選考の途中だった去年9月下旬、内閣府の担当者が、文部科学省側に対し今治市に設置することを前提にスケジュールを作るよう求めたやり取りが文書で残されています」

 ニュースを見た野党議員によると、一部を黒塗りにした映像も流れたが、「総理のご意向」の部分が伏せられていたように見えたという。

 官邸取材は政治部が受け持ち、文科省は社会部が担当する。民進党議員が国会質問で取り上げたことを受けて、NHKも「総理のご意向」と書かれた部分を報じ始めたが、文書を入手したであろう社会部記者の悔しさは想像に難くない。報道が激しくなるなか、5月22日の読売新聞の朝刊社会面に、前川喜平・前文部科学事務次官が在職中、出会い系バーに通っていたという記事が載った。読売新聞が情報をつかんだルートは誰も明らかにしていないが、少なくとも官邸が把握していた情報だった。

 なによりびっくりしたのは、5月25日に開かれた前川氏の記者会見での出来事だ。

 「行政がゆがめられた」と証言した前川氏に対し、ある記者が尋ねた。

 「こういった在職中に仕入れたものをやるのは守秘義務違反に当たるという指摘もあるが」

 残念ながら、読売新聞の記者だった。

 守秘義務をくぐり抜けながら、真相に迫るべき記者の側が、公益通報者に「守秘義務違反」の責任を問おうというのだ。

◆国民投票でのフェイクニュース拡大の危惧◆

 安倍首相に「熟読」を勧められた5月3日の読売新聞を読むと、来年中の憲法改正の国民投票実施のスケジュールが浮かび上がってくる。

 国民投票では、公職選挙法の縛りが大幅に緩められる。2015年5月に大阪市内で実施された「大阪都構想」をめぐる住民投票でも、賛成、反対両陣営が億単位の金を投入し、壮絶な宣伝合戦が繰り広げられた。そのなかには、判断をゆがめるデマも少なからずあった。

 いまのように、メディアが分断された状況のまま、国民投票に突入していったときに、果たして「事実」に基づいた議論の土俵を作ることができるだろうか。そこがもっとも気がかりだ。

 5月28日、「ファクトチェック」の取り組みについて話した新聞労連主催のシンポジウムで私はこう呼びかけた。

 「フランス大統領選では報道各社が共働でファクトチェックに取り組んだ。私たちも一緒に考えませんか」

《南彰プロフィール》
1979年生まれ。
2002年朝日新聞社入社。仙台、千葉総局を経て、2008年から政治部。
青木幹雄氏の担当時代に出雲の政治風土をつづったルポ「探訪保守」を執筆した。
2013年~15年は大阪で大阪都構想の住民投票に突き進んだ橋下徹氏を取材、共著「ルポ・橋下徹」を出版。
2023年10月、朝日新聞社退社。現、琉球新報編集委員

(現代の理論2017年夏号)

*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より