デス記者日誌(4)記者攻撃を乗り越えて 2018年冬
南 彰
▼記者のいない会見
「本日3時18分頃、北朝鮮西岸より、弾道ミサイルが発射され、一発が日本海の我が国の排他的経済水域内に落下するものとみられます」
2カ月半ぶりに北朝鮮がミサイルを発射した11月29日。菅義偉官房長官の臨時記者会見はミサイルの着弾よりも早く、午前4時から始まった。
「不測の事態に備え万全の体制を取ること」という安倍晋三首相の指示、政府の今後の対応、北朝鮮への抗議――。事務方が用意した文書をよどみなく読み上げた菅氏は「引き続き、情報収集分析に全力をあげ、今後追加して公表すべき情報を入手した場合は速やかに発表することと致します」といって、会見場を後にした。
昼夜を問わない政府の危機管理対応は、官房長官の重要な役割だ。この週は衆参両院の予算委員会と重なり、菅氏も連日6時間近く委員会の閣僚席に拘束されていた。その激務には頭が下がるが、この会見場を広角でとらえると、奇妙な光景が広がる。
記者がほとんどいないのだ。
記者がいようが、いまいが、速やかに質疑なしの記者会見を行う。「政府のスポークスマン」である菅氏が最も力を入れる記者会見の一つだ。
▼削られる質問時間
「答えたくない質問には答えなくていい」
菅氏はパウエル元米国務長官の著書にある言葉を記者会見に臨む心構えとしている。「鉄壁のガースー」と称されてきたが、丁々発止のやりとりは得意ではない。8月の記者会見では「ここは質問に答える場所ではない」という迷言まで残した。
5年間続く安倍政権のもとで、記者会見の性格が徐々に変わりつつある。
その一例は、質問を求める記者がいるにもかかわらず、官房長官の記者会見が打ち切られるようになったことだ。
平日に2回、あらゆるテーマの政府見解を問うことができる官房長官会見には、これまで時間制限はなかった。記者クラブの幹事社が「よろしいですか」と質問したい人がいなくなったことを確認した上で、官邸報道室のスタッフが「ありがとうございました」と終了を宣言する仕組みだった。
ところが、8月31日。加計学園問題を中心に菅氏に切り込んでいた東京新聞社会部の望月衣塑子記者が手を挙げたままにもかかわらず、菅氏は会見場を後にした。2008年の福田内閣以来、自民党、旧民主党政権を通じて、これまで500回以上は参加している官房長官会見で初めて見る光景だった。
私自身も、森友学園問題について尋ねていた9月12日の記者会見で「打ち切り」にあった。
「すいません」と言って手を挙げ、会見場にいる大半の人が私に続きの質問があることを認識していた。
ところが菅氏は「(もう、)いいでしょ?」と幹事社の番記者に終了を促した。記者が押されるように「いいですか」と口にすると、かぶせるように司会の官邸スタッフが「はい、ありがとうございました」と宣言した。
こうした事実上の打ち切りを可能にしたのは、「会見後に公務がある場合、官邸スタッフの判断で『あと1、2問』と区切ることができる」という新たなルールが設けられたためだ。
6月6日の望月記者の参入以来、記者会見の時間が30分近くに延びていたことにいらだっていた官邸側が時間制限を求めたことがきっかけだった。官房長官番の記者が質問している時にはこのルールは適用されず、長官番以外の質問が始まると、「あと2問で」「あと1問で」というアナウンスが流れるパターンになった。
記者クラブ側も好んで受け入れたわけではない。「万が一、記者会見自体がなくなったら困る」という危機感もあったようだ。
ただ、この新ルールの威力は大きい。加計学園の獣医学部新設問題について、「きちんとした回答をいただけていないので繰り返し聞いている」と菅氏に23問の質問を重ね、「総理のご意向」と書かれた文書の存在を政府に認めさせる原動力となった望月記者のような記者は2度と現れなくなるからだ。いずれは、長官番の記者といえども、事実を引き出そうと食い下がる質問をすれば、打ち切られる日が来るだろう。
12月14日に国際人権NGOの「ヒューマンライツ・ナウ」が主催する世界人権デーの記念シンポジウムではこの記者会見のあり方が主要なテーマとして議論される。どうしたらルールを改め、記者の質問権を回復できるかは急務だ。
経済界からも厳しい視線が向けられている。小泉純一郎元首相らと親交のある奥谷禮子ザ・アール会長は、同社の機関誌での望月記者との対談のなかでこう指摘していた。
「政治家の劣化がいわれるけど、ジャーナリストも同じね」
質問制限は、国会にも広がった。
自民党は大勝した衆院選後、「与党20%:野党80%」としてきた衆院予算委員会の質問時間の配分を見直し、野党の質問時間を削減しようと力を入れてきたのだ。菅氏も「議席数に応じた質問時間の配分を行うべきだという主張は国民からすればもっともな意見だ」と官邸での記者会見で持論を繰り返し展開した。
2016年のカジノ解禁法案の審議の時に「(質疑)時間が余っている」といって、法案の内容とは直接関係のない般若心経を唱えて解説し自分の持ち時間を費やした自民党議員の映像などが流れた当初は、「削減反対」の論調が強く、自民党も「数」の力で押し切るには分が悪かった。
ところが、ある報道機関の世論調査の結果が潮目を変えた。NHKが11月10~12日に実施した世論調査だ。
「現状維持」…26%「野党に多く配分も与党を増やす」…14%「与党・野党半分ずつ」…38%「議席数に応じ与党に多く」…11%
同じ頃に産経新聞とFNN系列が行った調査でも「手厚く配分されている野党の質問内容全般に関する印象について、あなたは、国民の期待に応える建設的な質問が多いと感じていますか、そうではない質問が多いと感じていますか」という設問がもうけられ、「そうではない質問が多い」が76・1%に上った。
「これで野党もわかるだろう」
自民党幹部の言う通り、野党はこの報道で追い込まれた。加計学園の認可をテーマにした11月15日の衆院文部科学委員会は「与党33%:野党67%」、同27~28日の衆院予算委員会では「与党36%、野党64%」とじわじわと削られることになった。
▼さらされる質問者
記者会見や国会などで「事実」を確認する場が次々と縛られる一方で、「徹底検証『森友・加計事件』朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」(飛鳥新社)と題した文芸評論家・小川栄太郎氏の本がベストセラーになっている。森友・加計学園問題に関する一連の報道を「虚報」「捏造」と決めつけ、「こんなマスコミによる人民裁判に、この後も何らの責任や規制を課さなくて本当にいいのだろうか」とメディア規制まで主張している本だが、広告を載せて後押ししている新聞社も少なくない。「広告収入につられたようで、恥ずかしい」と自社対応への嘆きをフェイスブックで吐露する記者もいる。
安倍政権下で進むメディア規制について話し合われた日本マス・コミュニケーション学会(10月28日、成城大学)では、「この2、3年、記者会見前の質問通告を事実上強制する中央省庁が出てきた」という事例も紹介された。
ベテランの元新聞記者からは「萎縮・忖度」「権力に対してお行儀のいい記者が増えている」と指摘があったが、私は「記者を取り巻く環境の変化もわかってほしい」ということを伝えた。インターネットで記者会見の様子がリアルタイムに、編集なしで見られるようになった結果、質問する記者も答弁者と同じようにさらされ、検証される対象になっているからだ。
大阪勤務時代に橋下徹・大阪市長と記者会見で対峙していたときには、街頭演説の取材にいくと、朝日の腕章を見つけた橋下氏の支持者から「南というのはどんな記者なのか」といきなり問いただされることもあったし、ネットでも「撃沈」などとタイトルをつけられた動画が拡散された。橋下氏という権力者との関係よりも、こうした質問者に対する監視が煩わしくて質問を避けているという記者もいた。
「マスコミの側は、自らの役割を権力の監視に限定する『閉じた関係』だけでなく、マスコミも権力だとする一般世論の目線も意識した『開かれた関係』を構築する必要があるだろう」
記者会見に関する朝日新聞への寄稿(9月24日付朝刊)のなかで、吉田徹・北海道大教授はこう指摘していた。安倍政権は、そうした環境の変化を意識しながら、批判的なメディア・記者より優位に立つ術を身につけているように見える。最近の望月記者への対応が象徴的だ。
周知の事実を正式発表より数時間前に記者会見の質問で触れたことをもって、官邸は「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は断じて許容できない」とする抗議文を送った。その後は質問の細かな言い回しのミスをとらえて、菅氏は「事実に基づいて質問してほしい」と繰り返すようになった。その様子を産経新聞が「また意味不明な質問」(11月9日電子版)「官房長官、連日の事実誤認の東京新聞記者にまたも苦言」(11月10日電子版)などとこまめに記事化し、ネット上で拡散している。
事実を掘り起こそうとする記者をどう支えることができるのか。そのネットワークづくりが2018年の課題だ。
《南彰プロフィール》
1979年生まれ。
2002年朝日新聞社入社。仙台、千葉総局を経て、2008年から政治部。
青木幹雄氏の担当時代に出雲の政治風土をつづったルポ「探訪保守」を執筆した。
2013年~15年は大阪で大阪都構想の住民投票に突き進んだ橋下徹氏を取材、共著「ルポ・橋下徹」を出版。
2023年10月、朝日新聞社退社。現、琉球新報編集委員
(現代の理論 2018冬号)
*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より


