天の邪鬼の戯れ言
編集委員 牧梶郎
元プロ野球読売巨人軍のスター選手であり引退後も監督として輝かしい実績を残し、一線を離れてからも終身監督として国民的人気を博してきた長嶋茂雄氏が3日亡くなった。その直後はメディアもSNSもその死を悼み栄光を賞賛する情報で溢れていた。インタビューされた関係者はみな「衝撃を受けた」「言葉を失った」などとコメントしていたが、89歳の病み上がりの老人が死んだのであるから、それほど驚くほどのニュースではないだろう。昔からアンチ巨人の阪神ファンの私には、また一人老兵が去りゆくことになったという感じでしかない。回顧報道では「我が巨人軍は永久に不滅です!」という引退時のスピーチがどの局でも繰り返し放映されていた。私が印象に残っている彼の言葉には「社会主義国になるとプロ野球ができなくなるから困る」という、総選挙で躍進しそうな社会党を牽制するような発言である。戦後日本にテレビが普及して「一億総白痴化」が始まった時、「楽しくなければテレビじゃない」のフジテレビと「読売ジャイアンツ」の試合中継を続けた日本テレビがその尖兵だった。「死者に鞭打つことなかれ」が日本の伝統ではあるが「溺れた犬は棒で叩け」と魯迅が強調した中国の考え方もある。
「言論空間」今期夏号でもメディアの危機とジャーナリズムの再生に関する特集を組んでいるが、改めて2024年夏号特集「民主主義を揺るがす メディアの危機」に載った「『エモい記事』から見えてるデジタル記事と新聞の危うさ」(松浦純子)という論考を思い出した。そこで論じられた「エモい記事」とは、事実を勝手に加工して日本の世間が好む「友情」「家族の絆」「師弟愛」「ニッポン」など、お涙ちょうだい式ナラティブにして報じることである。その典型的なメディアの失敗には、大谷翔平選手と水原一平通訳との関係の誤導、ジャニーズ事務所喜多川オーナーの所属アイドルへの長年にわたる性加害の見て見ぬ振り、宝塚歌劇団のパワハラ騒動への踏み込み不足、そして今回のフジテレビなどでの女性アナウンサーのジェンダー差別への及び腰、などが挙げられる。長嶋の追悼特集も全てがエモい話にまとめられていた。ただエモい記事はスポーツや芸能報道だけでなく、社会や政治の報道記事にも蔓延していることは、ジャーナリズムとしてもっと問題にされてしかるべきだろう。
(2025年6月18日)


