栗田 路子(ブリュッセル在住・ジャーナリスト) 

 日本の夏が「例年になく」暑いのは、今では時候の挨拶のようになっているが、欧州の熱波も尋常ではなかった。北ヨーロッパでも6月頃から猛暑の兆しが現れだし、気温が30℃台後半になる週が、何度もぶり返した。雨らしい雨は降らず、河川も池の水も干上がって、森林火災の恐怖に怯えた。

★森林火災とクーラー争奪戦

 日本でもニュースとなったようで、友人知人から見舞いの連絡をたくさん受けた。ニュースで伝えられたのは主に森林火災とクーラー争奪戦だったらしい。大規模な森林火災といえば、北米ではカリフォルニア、欧州ではギリシャが定番だった。ところが今年の欧州ではスペインのほぼ全土、フランスでは西南部ボルドーあたりでそれぞれ14万㌶、16万㌶もの森林が焼失した。首都マドリード至近の古都トレドが、パリ至近のフォンテンブローの森が燃え盛る映像は、恐怖を呼んだ。そして8月末にはとうとうベルギー・ドイツ国境付近でも発生した。
 その要因は何と言っても観測史上記録的な猛暑と干ばつ。火災による気象現象「パイロキュムロニンバス(火災積乱雲)」などというものがニュースで伝えられた。これは、猛烈な熱が上昇気流を作り、燃えた残骸や激しい突風をまき散らしてさらに延焼を広げる巨大な積乱雲か竜巻のようなものだが、おりしも広島・長崎を想う真夏、私には原爆のキノコ雲のように見えて背筋が凍りついた。欧州の森林は火災の延焼や強風による倒木の被害に対して管理が行き届いていると感じてきたが、それでも猛暑や干ばつといった環境要因の上に、吸い殻のポイ捨て、キャンプファイヤーの残り火、落雷や漏電、そして放火まで、いくつもの火種が複合して大規模火災は欧州中で起こった。
 年間降雨量が多いために夏でもしっとりした森林はベルギー人がこよなく愛する身近な自然だった。そんなベルギーにも火の手は少しずつ忍び寄り、今年は、楽しみにしていた独立記念日(7月21日)の恒例の花火も、夏の風物詩のような屋外でのBBQも禁止となったが、自粛警察がいなくても皆、じっと我慢の夏をしのいだ。
 もう一つ日本で伝えられたのは、家電店でのクーラーの争奪戦の様子らしい。このあたりの石造りで分厚い壁で囲まれた古い建物は夏でもひんやりして涼しい。真夏日が1週間程度で終わってしまう従来の夏であれば、二重ガラスの窓と遮光効果の高いカーテンを閉め切って冷気を逃さないようにすれば、クーラー要らずで、結構快適に過ごせたものだった。ところがこの夏はそうはいかなかった。壁に穴をあけずにすみ、業者による施工を必要としない置き型簡易クーラーを求める人が安売り家電店などに殺到し、争奪戦や高額転売が発生する事態にまでなったのだ。
 幸いなことに、オフィスも兼ねた我が家には随分前からクーラーがあって、さらにプーチンのおかげで2022年には屋根一面に思い切ってソーラーパネルを設置したので、電気代や地球への負荷を心配することなく、思う存分クーラーを使い続けることができた。気がついてみると、我が家の回りのほとんどの家はこの数年の間にソーラーパネルを設置し、これまで天然ガスや重油に頼っていた暖房・給湯を電化した家がほとんどだ。その際、冷暖房ができるエアコンやヒートポンプを取り付けていて、さらに、遮光・遮熱効果の高い電動シェードなどを取り付けて、暑い夏と寒い冬に備えようとする人々が増えている。

★逆境に適応して自衛する欧州人

 そもそもEU全体では、かれこれ30年ほど前から、「パッシブ工法」と呼ばれる冷暖房の要らない超省エネ住宅を推奨し、2010年の「建築物のエネルギー性能指令(EPBD:2010/31/EU)で一段とステップアップ。新築建造物はパッシブ基準に沿うことが義務化されるとともに、断熱効果の高い建材の開発、既存住宅のパッシブ度を高める改修などにEUや加盟各国が補助金を付けて推進してきた。このEU指令を受けて、ベルギーでは、家やアパートはAからGまでの7段階で評価(段階区別は国内でも地域政府によって微妙に異なる)することになった。新築はAが義務、DやEでは販売・賃貸価格が制限され、FやGでは売るも貸すも困難で、期限付きで改修義務が発生する。

★ブリュッセルのPEB等級

 我が家は30年ほど前に建てたベルギー標準のレンガ造りで、壁の暑さが30㎝、窓の二重ガラスを支えるサッシの厚みが15㎝もあって驚いたものだった。それでも今のパッシブ基準には適合していない。近年新築の家は壁の断熱材だけでも20㎝位の厚みがあって壁全体では40~50㎝にもなる。昨年、覚悟を決めて、二重ガラスではなかった窓を最新鋭の断熱二重窓に変え、屋根裏と壁に後付けの断熱材を補強するなどの改修をして審査官を招いた。ドキドキ待った結果は予想を上回るB評価! PEBは、建てるにも、売るにも、貸すにも、重要な指標となっている。
 日本だと灼熱の夏には、クーラーが生命線で、電力のために原発は必要不可欠だというロジックは覆しようがない。欧州の中でも原発依存度の高いフランスは猛暑の間、ほとんどの原発を停止せざるを得なかった。冷却水を取る川の水温が上がり、降雨量も少なくて限界水位を下回ってしまったからだ。皮肉なことに、猛暑では原発による発電に頼れないことが露呈したが、日本では報道されただろうか。
 日本で太陽光パネルと言うと、やたらな場所に設営したメガソーラーによる弊害や、老朽化したパネルのリサイクル問題などをあげて、よほどデータ武装して挑まない限り、「未だにお花畑みたいなことを言っているの?」と猛烈な反発にあってしまう。地震のない欧州では、小規模原発研究開発を否定はしないものの、再生エネ推進は揺るぎない。集合住宅の多いドイツの市街地では、昨今、ベランダの柵に取り付ける簡易ソーラーパネルが目立つようになっている。一軒家で大きな屋根がなくても、一家が消費する電力の全てが賄えなくとも、電線で運ばれてくる電力大手に頼らずに生きるために、合理的なドイツ人はそんなベランダソーラーを好むのかもしれない。日本人が有り余る太陽光と風に見向きもしない間に、欧州人は目前のエネルギー高に対抗する無償の電力自給にまじめに取り組んでいる。

どの家の屋根にも太陽光パネル
@ベルギー

アパートのベランダでは
手すりに取り付けられる簡易型パネル
@ドイツ cayumi

★防災ではなく減災に投資する

 「大自然の猛威や地球環境の危機的破壊を前に、災害を『防ごう』などとはおこがましい。できるのは、人類の知見を駆使して予測して備え、災害を最小限にする努力だけ…。」東日本大震災の衝撃がまだ納まらない2015年3月、仙台で行われた「第3回国連防災世界会議」の決議文書を見てはっとした。この会議の英語名称は、UN World Conference on Disaster Risk Reduction――つまり、『災害リスク軽減』のためであって、災害を防ぐという国際会議ではない。この会議で、それまでは後手に回っていた災害対策を、これからは先手をとって災害リスクを予測し軽減することに最大限投資すべきだと世界は覚悟を決めた。ところが日本では、第二次安倍政権下だったために、被災地の復興が精いっぱいで、全国の河川護岸や流域治水などは今も脆弱で、活断層上の老朽原発再稼働も、経済(大企業の利益)の名のもとにやむなしという空気だ。
 日本では大災害といえば、まずは震災、そして今では豪雨による洪水・冠水も加わる。東日本大震災での避難所のありさまを映像で目の当たりにして衝撃を受けた欧州では、EUや各国が補助金を付けるなどして、避難所のプライバシーや衛生を向上させる動きが加速し、スタートアップや大手企業によるアイデアと工夫の協調を奨励し、国や市町村がかなりの数量を備蓄するようになった。すごい!と私が最初に驚嘆したのは、2018年イタリア北西部ジェノバでの橋崩落事故の時の避難所の様子だったと記憶している。体育館のような大きな空間に、プライバシーの守られた天井付きの家族単位のユニットテントが整然と並んでいたからだ。あの大震災から15年たった今日でも、各地の被災者が、暑さや寒さに耐えながら雑魚寝している光景を見ると日本人としてはやるせない気持ちになる。
 ところで大規模な森林火災は、日本には無縁なのだろうか。林野庁によれば、森林火災による焼失は欧米が数万~数十万㌶なのに比べれば数百㌶と小規模で、発生件数は中長期的には減少傾向にあると予測していた。だが昨年・今年だけでも、岩手県、岡山県、山梨県、群馬県などで数千㌶が焼失し、「例年にない事態」になっているという。地球規模で気候危機が進行し、気温が上がり、降水量が減って、森林が燃えやすくなっているのは間違いない。国土の7割が森林という日本で、減災の備えは万全なのだろうか。
 山火事では頼りになるのは空からの大規模消火活動だ。フランスやスペインでは、水陸両用の消火専用航空機(カナデール、ダッシュ8など)を多数保有していて、着陸することなく湖や海から直接取水して放水したり、空から消火剤をまいたりするが、日本では、ヘリコプターからの散水が唯一の消火手段だという。フランスでは内務省傘下のセキュリシビル部隊が、スペインでは空軍の専門部隊が、一元的に森林火災の消火活動を仕切るが、日本では市町村消防や都道府県・自衛隊が個別に対応する分散状態で専門部隊はないらしい。万年財政難のベルギーですら、こうした専用消火航空機の購入を検討している(ただし、間に合うか不安は残る…)。
 夏には豪雨による広域冠水、冬にはクマによる被害…国や都道府県は、抜本的な減災体制づくりをしっかり進めているのだろうか……かなり怪しい。

フランスSecuriCivilの消火専用航空機Canadair CL-415
それでも自然の脅威には太刀打ちできない。
By Yebaco-Own work, CC BY-SA 4.0.
https://commons.wikimedia.org/w/index.
php?curid=152731032

★両陛下オランダ・ベルギー訪問に寄せて

 この夏の異常な暑さを予感させたのは、天皇皇后両陛下がオランダ・ベルギーを訪問された6月頃からだった。両国とも、王室を継承しており、次に王位につくのはそれぞれカタリナ・アマリア王女とエリザベート王女と決まっている。オランダでは建国以来女性が王位を継ぐことが禁止されていたわけではなかったが、絶対長子相続となったのは1983年。ベルギーでは1991年に男女平等の見地から、憲法が改正されて長子継続となった。現フィリップ国王と今上陛下は同い年で、エリザベート王女と愛子さまは共に2001年生まれ。ベルギーでは王女の誕生と同時に2発の祝砲がなった時、ベルギー国民は「ベルギー初の女王の誕生だ!」と歓喜の声をあげた。ちなみに、同時期にスウェーデンやノルウェーも長子優先の継承制度へ切り替え、英国も2013年に男女を問わない長子優先へ改正した。それぞれの国で、男子男系継続にこだわる伝統重視や国体護持的な考えがなかったはずはない。だが、欧州で今も王室を持つ国は、10~40年前に一斉に長子継承に踏み切ったのだ。
 両陛下が帰国されて間もない7月、皇室典範に1947年の成立以降初めて変更が加えられた。より良いモノになったのかはかなり怪しいので、あえて改正とは呼びづらい。皇族数の頭数を確保するためというが、現存している女性皇族には、皇位継承権はないが、結婚しても公務を続けたいなら皇室に残ることもできる……らしい。イマドキ、親でも子どもの結婚や職業に口を挟むことはできない。それなのに一介の政治家が、皇室に生まれた女性だからと言って、その権利を制限したり、義務を押し付けたりできるのか。「それじゃあまるで現代の奴隷制ではないの!」と在欧の友人ジャーナリストは目を丸くした。皇室は、基本的人権すら認められない精神的拷問の密室のようだ。耐えきれなかった姫は皇族から勘当されて外国に逃亡。一般社会から皇族に嫁いだ妃たちは、人格破壊されて失語症や適応障害を患った。いくら皇室典範が変わっても、今後、人権侵害や人格破壊を覚悟で養子に入る旧宮家の青年男性や皇室に嫁ぐ女性が出てくるのだろうか。

空港で天皇皇后両陛下を出迎えた
ベルギーのエリザベート王女は次の国王となる。
オランダでも、ベルギーでも、「プリンセスAIKOはどうしている?」
と心配そうに尋ねられたらしい。
Belgaimage の instagram より。

 気候危機、エネルギー難と物価高に世界中の庶民は困窮している。一握りの米テック富豪によるファシズムが進む。イランも、ウクライナも、ガザも戦禍が納まる気配はない。スペインの遠隔領セウタとモロッコ国境には突如として7万人もの人々が押し寄せた。欧州の国々は、何よりも優先して喫緊の課題に取り組もうとしてもみくちゃにされ、英スターマー首相は失脚、来年の仏大統領選にはルペンが出馬予定。欧州社会は迷走する。一方日本では、皇族数の確保だの、国旗損壊罪だの、副首都だのと市民の困窮とは関係ない法律ばかり通しても、政権は安泰で暴動も起こらない。消費税の時限的減免など、欧州ではコロナ禍・インフレ対応の緊急対策としてあっという間に着手して、すでに元に戻している国も多いのに、数秒が要のAI時代に何をもたもたやっているのだろう。
 別世界のような日本に想いを馳せながら、欧州の灼熱の夏がようやく過ぎようとしている。

入会案内&問い合わせ

●入会へのご案内
私たちの事業の協同推進者をひろく求めています。私たちの事業(フォーラムやシンポジウムの開催、研究会の推進)は、皆さまの支援(=会費、寄附)で推進されます。ぜひ、私たちの事業の協同推進者になってください。