高橋 和夫(放送大学名誉教授)
■第一節 〝戦前〟の安全保障体制
「イラン戦争」は終わっていないが、もう戦後の安全保障の構想が語られ始めている。その輪郭を描こう。
その前に、それでは、この戦争の始まる前の安全保障体制というのは、どういうものだったのか。基本的にはペルシア湾岸を中心とする中東地域の安全保障体制の構図を規定していたのは、二つのグループの対抗関係だった。
一つはアメリカと親アメリカ国家群のグループだ。その中心はGCC(湾岸協力会議)諸国、つまりクウェート、サウジアラビア、バーレーン、カタール、UAE(アラブ首長国連邦)、オマーンの六カ国だ。そしてイスラエル、ヨルダン、エジプトなども、このグループに属していた。
このグループをアメリカ・チームとでも呼ぼう。
このアメリカのグループに対抗していたのは、イランを中心とするグループだ。このグループには、イラクの民兵組織、シリアのアサド政権、レバノンのヒズボラ、パレスチナのハマス、イエメンのフーシー派などが含まれる。これは、いわばイラン・チームだ。
さてアメリカ・チームの方には、暗黙の契約があった。それは、一方ではアラビア半島の豊かな産油国がアメリカに多額の資金を貢ぐ。そして他方でアメリカは、こうした国々を保護する。
アメリカによる安全保障への不信
この暗黙の契約が試される事件が2019年9月にあった。サウジアラビア東部のアブカイク市の石油関連施設が、イランの攻撃を受けた。
これが、当時のペルシア湾岸で起こった最大の事件の一つだった。そして、その直後に、さらに重大な事件が起こった。それは、何も起こらなかったことだった。長年サウジアラビアは巨額の資金をアメリカに貢いできた。それは、こうした事態に備えてだった。当然ながら、アメリカによるイランに対する報復を期待した。
ところがアメリカは動かなかった。翌2020年11月の大統領選挙を考慮したのだろう。再選のかかったドナルド・トランプはイランとの戦争を避けた。これが、当時のペルシア湾岸では最大の事件だった。
これでは、何のためにサウジアラビアが長年アメリカに資金を流し続けていたのか分からない。みかじめ料だけ受け取って、いざとなるとアメリカという親分は、サウジアラビアのために喧嘩をしてくれなかったわけだ。長年の暗黙の契約の違反だった。
アブラハム合意
これを見てアラビア半島の産油諸国はアメリカを補完する新たな保護者を探した。それがイスラエルだった。アラブ首長国連邦とバーレーンが、2020年にイスラエルと外交関係を樹立した。アブカイクが攻撃された翌年だった。これはアブラハム合意と呼ばれている。
メッカとメディナというイスラムの二大聖地の守護者を自称するサウジアラビアの王家は、さすがにイスラエルとの国交樹立には、この段階では踏み出せなかった。しかし、水面下での両国の協力関係が進んだ。
アラブ産油諸国は、こうしてアメリカに加えてイスラエルという新しい保険を買った。アメリカの力を補完して、この国が自国の安全保障に寄与してくれるだろうという期待からであった。
イスラエルの攻勢
こうしたアメリカ・チームとイラン・チームの対立の構造を次に大きく揺さぶったのが、ガザの爆発だった。2023年10月、ガザのハマスがイスラエルを奇襲した。イスラエルは反撃に出て、ガザのハマスに大打撃を与えた。
またイスラエル軍は2024年9月、今度はレバノンのシーア派組織ヒズボラを奇襲し、大きな打撃を与えた。
さらにイスラエルは、イラン各地を空爆した。そしてイスラエルによれば、イランの対空ミサイル網やレーダー施設を破壊した。これが2024年10月だった。
そのうえ、レバノンでの勝利が、イスラエルに、ある意味で予想外のボーナスをもたらした。それはシリアのアサド政権の崩壊だった。2024年12月、シリアの反アサド勢力が蜂起した。これまで陸上部隊を派遣してアサド政権を支援してきたヒズボラは、既に述べたように、直前のイスラエルの攻勢で大きな打撃を受けていた。ヒズボラにはシリアに兵力を派遣する余力がなかった。アサド政権は、攻勢開始から8日目の12月8日に倒れた。
こうした展開の結果、イラン・チームは、厳しい状況に追い込まれた。まずハマスとヒズボラが大きな打撃を受けた。またシリアのアサド政権が崩壊した。しかもイランの防空体制は無力化された。イスラエルによるイラン攻撃が懸念された。
■第二節 イラン戦争
12日間戦争
そして2025年6月13日にイスラエルがイランを攻撃した。イスラエルは、イランの核関連施設やミサイルのみならず、現在の支配体制そのものの転覆を狙っていた。また約2週間後の6月25日にアメリカが、B2ステルス爆撃機を飛ばしてイランの核関連施設を爆撃した。
不意を突かれたものの、イランは直ぐに反撃した。イスラエルに向けて多数のドローンやミサイルを発射した。またイランは、アメリカに対しても報復した。カタールにある中東で最大規模のアメリカ空軍基地をミサイルで攻撃した。しかしこれは事前に通報していたようで、人的損害はなかった。イランは報復したというアリバイを求めていただけで、アメリカとの戦火の拡大を望んでいなかった。この「報復」が終わるとイラン、アメリカ、イスラエルの3国は停戦に入った。トランプが「12日間戦争」と呼んだ軍事衝突が終わった。ひとまずは。この12日間の戦争が証明したのはイスラエルの圧倒的な軍事力だった。中東の「どこでも」、「いつでも」、「誰でも」爆撃し殺害できる神のような能力をイスラエルは獲得した。ただイランのイスラム体制は、打倒されなかった。イスラエルの再度の攻撃が予感される状況だった。
カタール
ところが次にイスラエルが攻撃したのは、何とカタールだった。2025年9月9日のことだった。イスラエルの目標はカタールの首都ドーハでのハマスの幹部の会合だった。
カタールはアメリカ軍の基地を受け入れている国だ。しかも、ハマスとイスラエルの停戦交渉の調停をしていた。そのカタールを爆撃するとは、常軌を逸している。
アラブ産油国は、イスラエルの力でイランの脅威から守ってもらうつもりだったのに、実はイスラエル自身が脅威だと思い知らされた。
トルコへの接近
イランは怖い。アメリカは頼りにならない。イスラエルは乱暴すぎる。となると、どうするのか。さらに新たな保護者を湾岸のアラブ諸国は求めた。その一つはトルコであり、もう一つはパキスタンである。
トルコのエルドアン大統領は、公正発展党を率いている。熱心なイスラム教徒を支持基盤とする政党だ。それもあって、エルドアン大統領は、同国の影響力をイスラム世界に広げようとしている。支持基盤に人気のある政策だからだ。このトルコに、湾岸諸国が近づいている。
パキスタンの台頭
そして、トルコ以上に注目を集めているのがパキスタンだ。パキスタンは、1998年に核兵器の保有国になった。
この国に頼ろうという動きが、イスラエルのカタール爆撃直後から目立ち始めた。イスラエルのカタール爆撃は昨年9月9日だったが、9日後の9月18日には早くもサウジアラビアとパキスタンの防衛協定の締結が発表された。
2月28日
こうした流れの中で、予想されたように2026年2月28日にアメリカとイスラエルがイランを再攻撃した。これで、イラン戦争が始まった。初日の奇襲でイスラエルとアメリカはイランの最高指導者を始め革命防衛隊関係者など政権幹部層の多数を殺害した。両国は、その衝撃で政権が崩壊すると期待していた。
しかし、イランの体制は崩壊しなかった。イランは即座にミサイルとドローンでイスラエルと中東地域のアメリカ軍基地に反撃を加えた。その後49日間にわたる激しい戦闘が続いた。
しかも、イランは、ペルシア湾の出入り口のホルムズ海峡を封鎖した。これが、石油、天然ガス、エネルギー関連物資の不足を引き起こし、世界経済に大きな影響を与えた。とくにアメリカではガソリン価格を高騰させた。今年11月の中間選挙を前に、これはトランプ政権にとっては避けたい展開だった。
49日間の戦闘の後、4月7日にアメリカ・イラン・イスラエル間に、とりあえずの停戦が発効した。この停戦は危うげながらも何とか続いた。しかし、このイランのペルシア湾の封鎖に対してアメリカはイランの港湾を利用した船舶の航行の妨害を始めた。ペルシア湾の逆封鎖とでも呼ぶべき政策だ。
両国の二重封鎖によって、イランは石油輸出が困難になり経済的な圧迫を感じている。アメリカはガソリン価格の上昇に苦しんでいる。両者は、どちらが先に音を上げるかの我慢くらべの状況だった。そして開戦から100日を過ぎた6月17日、パキスタンの仲介でイランとアメリカは覚書に署名した。この覚書は交渉の行われたパキスタンの首都の名をとって「イスラマバード合意」と呼ばれる。
この覚書ではホルムズ海峡の開放が謳われた。そして、60日間の停戦期間が定められた。この期間に、イランに対する制裁の解除や、同国の核開発の問題などが話し合われるはずだった。しかしホルムズ海峡の管理を主張するイランと、それを否定するアメリカが、一時期ながら戦闘を再開するなど、60日の期限内に何の成果を上げることもなかった。そして双方がにらみ合った戦争でも平和でもない不気味な状況が続いていた。だが、8月末、戦闘が開始された。そして激化した。
超大国アメリカの力の限界
さて2月末から9月初旬までの戦争は、超大国アメリカの力の限界を露呈した。アメリカとイスラエルは、いくつもの戦争目的を掲げていた。まず第一のイランの体制の転換は起こらなかった。その崩壊もなかった。
第二にイランの核開発を遅らせたものの、それを放棄させることには失敗した。イランは核開発能力を保持したままだ。
第三に、その保有する濃縮ウランを奪うこともできなかった。
第四にイランの長距離ミサイルの破壊にも失敗した。
第五に、イランの周辺の代理勢力への支援を止めることもできなかった。
アメリカの戦略的な失敗は明らかだ。現在トランプ政権が求めているホルムズ海峡の開放というのも、そもそもイラン戦争前は開放されていたのであるから、戦争さえしなければ、求める必要もない目標だった。
次に防衛の面でもアメリカの力の限界が露呈された。イランは、中東各地のアメリカ軍基地を攻撃し重大な損害を与えた。同時に基地を受け入れている諸国の空港やホテルなどの民間施設をも攻撃した。このように、アラブ産油諸国をアメリカもイスラエルも、守り切れなかった。
■第三節 新しい構図
メッカ合意
さて、イラン戦争の開戦前は、この地域の将来に関しては大きな不確定要素があった。それはイランの現体制が生き残るかどうかだった。イスラエルやアメリカの一部は、前にも触れた通りに現体制の崩壊を予想していた。しかし、それは起こらなかった。そして、どうも近い将来も起こりそうもない。この地域は、イラン・イスラム共和国との共存を好悪にかかわらず迫られている。攻撃を受け傷つき怒っているイランの現体制と、いかに付き合うのか。英知が求められている。
このように、戦争の衝撃にイランの現体制が耐えた結果、一つの不確定要素が消えた。しかし、この戦争の結果、新たな不確定要素が生まれた。それは、この地域におけるアメリカ軍の将来だ。この地域に展開していたアメリカ軍基地はイランからのドローンとミサイル攻撃から自らを守れなかった。イランにあまりに近い地域に基地を再建するべきかどうか、その費用の問題も含めワシントンでは議論が始まっている。
同時にアメリカ軍基地を受け入れていた方でも議論がある。安全保障のためにアメリカ軍基地を招いた国々では、基地がある方が安全なのか、あるいは基地はイランからの攻撃を招くのでかえって危険なのか。議論が始まっている。戦後のアメリカ軍の駐留の形と規模が、どうなるかわからなくなった。これが、新たな不確定要素だ。
総括してみると、2019年のイランによるアブカイク攻撃、そしてイスラエルのカタール爆撃、さらに昨年と今年のイスラエルとアメリカのイラン攻撃という一連の展開が、地域の安全保障体制を動揺させた。
そこで、旧来の安全保障体制に代わるアイデアとして出てきたのが、トルコ、パキスタン、サウジアラビアが、8月に結んだ防衛協定だ。メッカ合意と呼ばれている。これは防衛協定として報道されたが、その実質はまだない。
この協定が示しているのは、イラン戦後の新たな安全保障体制をアメリカやイスラエル抜きで構想しようという雰囲気だ。少なくともアメリカやイスラエルの関与を薄めようという流れだ。この雰囲気が実質を伴った制度に成長するまでには紆余曲折が予想される。しかし、それでも、自らの安全保障を域外の大国のアメリカや域内の異質な存在であるイスラエルに単に委ねるのではすまない。そうした現実を踏まえ、より主体的な安全保障体制を構想しようと現地の人々も考え始めた。そうした自覚の発露として、この協定を評価したい。
一緒に地獄へ
これまでは、イランの脅威に対してGCC諸国は、アメリカやイスラエルに頼って身を守ってきた。核問題も、アメリカがイランを攻撃すれば済む問題だと考えてきた。たとえば、イラク戦争を始めたブッシュ息子大統領の第二期目とオバマ大統領の第一期目に国防長官を務めたロバート・ゲーツの回想によると、サウジアラビアのサルマン国王がアメリカによるイラン攻撃を主張した。ゲーツは、共和党と民主党の両党の二人の大統領の下で国防長官を務めた。大変にワシントンでは尊敬されている人物だ。
このエピソードが示すように、GCCの君主たちは、アメリカが軍事力を行使すれば、自分たちは手を汚さずに、イランの脅威は消滅するとでも思っていたようだ。
しかし、今回の戦争が教えたのは、イランが攻撃を受ければ、同国はアメリカ軍と同時に同軍に基地を提供している諸国にも報復するという事実である。もし仮にイランの経済インフラが攻撃を受ければアラブ諸国のインフラもイランの報復で破壊されるという事実だ。
世界に対して、アメリカに対して、そして誰よりも湾岸のアラブ産油国に対してイランが発しているメッセージは、イランが地獄に堕ちるときは対岸の産油国も道連れにするという決意だ。一緒に地獄に堕ちるかどうかは別にしても、この戦争は、このペルシア湾岸地帯が一つの運命を共有していると事実を目の前に突き付けた。
いつ、どのような形でイラン戦争が終結するにしろ、この戦争で世界はペルシア湾岸原油に依存する危険性を思い知った。各国は新たな原油調達先を探し始めた。また代替エネルギーへとシフトを始めた。この地域の重要性は、長期的には低下せざるを得ないだろう。それは、ペルシア湾岸地域全体の地位の低下を意味する。
一蓮托生
紛争が長引けば長引くほど、世界はペルシア湾岸から引いてゆくだろう。イスラム教徒の地域のペルシア湾岸の話をするのに、仏教からの用語を使うのは不似合いだが、一蓮托生という言葉がある。死後に極楽浄土で同じ蓮の花の上に生まれることを指している。一緒に地獄に堕ちるのを避け、一緒に繁栄する方途をペルシア湾岸の両岸の人々は、探る時期に来ている。その運命は一蓮托生なのだから。
(言論空間 2026秋号)
*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より
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