松元ちえ(ジャーナリスト)

 ドナルド・トランプ米大統領の暴走が止まらない。列挙すればキリがないが、今夏、日本で注目を浴びていたのは、ICC国際刑事裁判所の赤根智子所長に対する制裁措置だ。赤根さんが日本人で初めて所長に就任したという経緯からも、制裁の撤回を求めるオンライン署名が広がる。私のところにも協力メールが届いた。
 制裁による甚大な被害を知って気持ちがざわつく中、署名以外に何ができるか考え続けた。ちょうどそのときオンライン対談のお知らせを受信した。前号で紹介した、歴史学者のヘザー・コックス・リチャードソンと米経済学者のロバート・ライシュが、米国の中間選挙を迎える11月を前に、トランプ主義の発祥について歴史を遡りつつ議論するという。

 2人は、トランプ政権を「女性蔑視的(ミソジニスト)で人種差別的(レイシスト)」と呼び、トランプ氏が「敵を作って怒りを煽る戦略」で大統領に就任したと解説した。
 「敵」とは、女性や黒人コミュニティを指す。歴史的に見れば、双方とも民主党に投票する傾向があるからだという。一方、味方につけたのは米カリフォルニア州シリコンバレーを中心に、事業拡大してきたIT・デジタル業界の「テック・ブロ(Tech Bro)」たちだ。
 ライシュやリチャードソンは、トランプがほんの少数のテック・ブロら、超富裕層を優遇し、巨万の富を積めるような土壌を作ってきたと言うのだ。

 このテック・ブロたち、タコツボ化するネット社会に長く生息すると過激さを増す。コロンビアの人権活動家、ラウラ・フリーダ・ワインスタインさんはテック関連のウェブサイトに寄稿した論考で、テック・ブロを中心に蔓延する思想を「女性蔑視的な過激主義」と名づけ、「もっぱら女性をセックスや地位や家事のために利用し、考えを持たない商品としてみなす憎悪」であると説明する。女性を人類ではなく、アンドロイドのような存在(「フェモイド」「フォイド」)と認識。女性を蔑視するだけでなく、自分が女性に侮辱されていると思い違えたり、自分の生きづらさを女性のせいだとして、報復の対象とする。そのため、女性を「『本来の居場所』である私的領域(家庭)において男性の奴隷とするためには、強かんなどの暴力に依拠することもいとわない」といった考え方を持つという。

 恐ろしい思想だが、困難を抱える女性を支援するために奔走したり、不平等や性差別を訴えるフェミニスト仲間には、この対象とされている女性が複数人いる。オンラインでの執拗な嫌がらせにとどまらず、実社会における暴力にも発展している。
 ワインスタインさんは、こうして危害が実社会に漏れ出すことに警鐘を鳴らすとともに、「女性蔑視的な過激主義」は実社会に存在するより大きな問題を反映しているのだと指摘する。これを終わらせるには、①メディアが女性の扱い方やジェンダー平等の方針を見直すこと、そして、②女性が男性アライ(味方)を増やすことだと書く。

 今年、新聞通信、民放、出版などメディア業界の労働組合にかかわる仲間とともに、「構造的性暴力を終わらせるプロジェクト」を立ち上げた。メディアで働く女性たちが、政治家や警察などを含む取材相手から性暴力やハラスメントを受けていた、と一斉に声をあげた#MeToo運動から6年が経っているが、事態は一向に変わらないからだ。
 今夏には、加害が起こる背景にも目を向け、サバイバーが被害を訴えようとするときに直面する壁や、尊厳の回復を阻む二次加害について話し合うイベントを企画した。
 二次加害は必ずしも、加害者によるものだけでなく、相談窓口担当者や警察、検察、裁判所などの司法関係者、ひいては友人や家族などによっても起こる。
 プロジェクトのメンバーは、相談活動をしたり仕事でも被害者に取材したりする立場でもある。「自分が二次加害をすることはありえない」と思っていると危険なのだ。まずは自分たちから気をつけよう、という意思から話し合いの機会を作った。

 「性犯罪被害者から見た捜査・裁判の問題点に関する実態調査アンケート」(2005)では、警察や検察、告訴後の法廷などの場で「加害者に絵文字なんて送ったら、男性は勘違いするかもよ」「なぜ抵抗を諦めたのか」「自分から誘ったのでは」などと問われたり、精神的に極限状態でも長時間拘束されたりすることが報告されている。
 大学や職場では、被害に遭った側が異動させられたり、退学/退職を強いられたりする。最近では、ハラスメントを申告し、調査を求めると秘密保持契約や口外禁止誓約への同意を条件とする企業もあるという。
 上智大学心理学科准教授の齋藤梓さんは、「性暴力が起きやすいのは、性差別や性的蔑視にもとづくジョークが許される文化」であるという。加害を目にしたら放置せずに「アクティブ・バイスタンダー」になる努力が、ハラスメントや暴力をなくすことにつながる。傍観者でいることは、暴力に加担することと同じことを意味するのだ。齋藤さんは、まずは半径1メートル以内での二次加害は「直接的に介入すること」だと呼びかける。

 ICCの赤根さんが、世界最強の力を持つ米大統領から極めて激しい暴力を受けている。
 日本国民である赤根さんの窮状に対して、高市早苗首相は「大変残念」「大変深刻」とコメントするだけで傍観する姿勢をとった。超党派の議員連盟からは、制裁を抗議し撤回を求める声明が発せられる一方で、13万を超す日本の一般市民からはオンライン署名を通して、同様の声が高まりつづけている。
 日々増えていく応援メッセージの中には、こうした署名活動に初めて参加するという女性が、赤根さんへの制裁を聞いて「あってはならない事態に、居てもたってもいられなかった。ひとつでも行動を起こしたいと思った」と書いていた。
 赤根さんの教え子有志からのメッセージには、単に教え方が上手だとか実務の話が面白いといった理由からだけでなく、赤根さんが学生一人ひとりを大切にし、尊重してくれていたからだ、と述べている。

 私たちにとって、オランダ・ハーグにあるICCは遠い存在だ。しかし、教え子たちは、「国際機関だけの話、大きな国際社会における正義や理念の話として片付けてしまわないでください。日本におけるひとりひとりの日常生活にもつながっている話」だと呼びかけている。
 半径1メートルを超した、私たちの手が届かない領域かもしれない。それでも「居てもたってもいられない」「看過できない」という気持ちこそが、「アクティブ・バイスタンダー」の意義なのだ。被害に遭っている人たちに声を届け、「必死になって抵抗する」力になればとの願いを込めて、加害を増長させないために小さな介入を続けたい。

●まつもと・ちえ――
ジャーナリスト。英字紙記者、海外通信社で東京特派員として勤務したのち独立。上智大学や法政大学で非常勤講師、東京大学大学院情報学環学術支援員などを務め、メディア協同組合「アンフィルター(Unfiltered.coop)」を設立。共著に『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』(小学館)、共同翻訳には『世界を動かす変革の力~ブラック・ライブズ・マター共同代表からのメッセージ』(明石書店)などがある。

*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より
Author  Laurie Dieffembacq / European Union

AuthorLaurie Dieffembacq / European Union

入会案内&問い合わせ

●入会へのご案内
私たちの事業の協同推進者をひろく求めています。私たちの事業(フォーラムやシンポジウムの開催、研究会の推進)は、皆さまの支援(=会費、寄附)で推進されます。ぜひ、私たちの事業の協同推進者になってください。