2023年11月号:ユダヤ人社会の少数派=シオニズムの源流 

【理事会声明】
『現代の理論』題字訴訟 8月東京地裁判決について

【寄稿】
“憲法訴訟”に発展した「現代の理論」商標裁判

【寄稿】
アイヌへのヘイトスピーチは許さない!

【寄稿】
ジャニーズ問題の闇を考える

【巻頭コラム】ユダヤ人社会の少数派=シオニズムの源流

 イスラエル軍によるパレスチナ・ガザでの殺戮が続いている。ハマス(イスラム抵抗運動)の武力襲撃による死者を1200人に下方修正したイスラエルの発表は7日だが、対するパレスチナ側の死者は、9日のガザ保健省の発表では1万1078人、このうち4500人以上が子供だという。

 10倍の犠牲者を意図的に求めたとしか思えないイスラエルの過剰な報復は、ネタニヤフが率いる右翼シオニズム政党・リクード(32議席)と、昨年11月の選挙で第3党に躍進した極右政党・宗教シオニズム(14議席)など宗教政党との連立政権が、発足当初から懸念されていたとおり、極めて反動的で極端な「選民思想」と「軍事至上主義」の信奉者であることを暴いて余りある。

 だが右翼シオニズムの特徴である極度の「選民思想」と「軍事至上主義」は、シオニズムが奇妙な共生関係を通じてナチズムと共有した、2つの思想的核心でもあるのだ。「シオニズムはナチズムの変形です。イスラエルがシオニズム原理主義から脱却しないかぎり、中東に平和は訪れません」という「イスラエル人・ツィオン(シオン)」の言説を紹介したのは大嶋仁福岡大学名誉教授だが、それはユダヤ人社会に右翼シオニズムの選民思想と軍事至上主義への嫌悪が、あるいは「ナチズムとの歴史的協調関係」が暴かれることへの不安が、広く存在している事実を物語る。

 1978年7月の『世界』で板垣雄三東大教授(当時)は、「シオニストにより設立されたパレスチナ船舶会社は、ドイツ客船を購入して『テル・アヴィヴ号』と改称し、船長はナチ党員、船尾には船名のヘブライ文字、マストにはナチの鉤十字を掲げて、1935年……に就航し、移民の輸送にあたった」と指摘する。ナチスが支援するユダヤ人移民は、パレスチナのユダヤ人を急増させ、先住のアラブ人との諍いを先鋭化した。事実1919年のパレスチナのユダヤ教徒の人口は9%だったが、1939年には、「パレスチナのユダヤ人」は全体の30%を占めるに至る。ナチスが政権を獲得した1933年を転機に、中・東欧からのユダヤ人入植が激増した結果だった。

 板垣教授は言う。「欧米ではしばしば……ユダヤ人に対して強い偏見を持っている人に限って、イスラエルという国は大好きということが見られる。(中略)自分たちの社会からユダヤ人に出て行ってもらいたいから、……いわばゲットー国家としてのイスラエルの存在は大いに結構だということになる」。イギリスやアメリカの「イスラエル支持」の本音がうかがえる。

 度重なるポグロム(ユダヤ人迫害・虐殺)から逃れる移民を支援したナチスから、シオニストは軍事至上主義をも学んだ。ポグロムに抗するユダヤ人の自衛武装組織は、やがて「ベタル」など軍国主義的青年運動を経て、右翼シオニズムの源流を産み出した。

 リクードの創設者の一人であるメナヘム・ベギン(元首相)は「ベタル」の司令官だった経験を生かし、第一次中東戦争でアラブ人住民の虐殺事件を引き起こした対アラブ強硬派「エツェル」(ユダヤ民族軍事機構)の指導者となった。そのベギンは自伝に「世界は屠殺される者に同情しない。世界が尊敬するのは、戦う者だけである。諸国民は、この厳しい現実を知っていた。知らなかったのはユダヤ人だけである」と書いた。右翼シオニストにとってパレスチナ人は、世界が同情しない「屠殺される者」なのだ。

 だがユダヤ人社会のシオニストは、今も少数派である。イスラエルの人口は600万弱だが、「約束の地・シオンの丘に帰る」シオニズムを選択せずにディアスポラ(離散の地)にとどまり、他者との共存を選択したユダヤの民は、北米に600万、フランスに50万、イギリスと旧ソ連諸国に30万ほどが暮らす。これは、ユダヤ人の未来に対する希望である。

           (運営委員 佐々木希一)