天邪鬼の戯れ言 2 ニューヨーク市長選に想う
牧梶郎(季刊『言論空間』編集委員)
4日投開票されたニューヨーク市長選で、民主党のゾーラン・マムダニ氏が、前ニューヨーク州知事アンドルー・クオモ氏、共和党のカーティス・スリワ候補を抑えて当選した。これはトランプが登場して以来、単に民主党が共和党を敗ったという以上に、歴史の流れを変えるかもしれない大きな出来事だった、と私は考える。
勝利したマムダニ氏は、アフリカのウガンダで生まれ、両親はインド系のイスラム教徒で、本人も7歳でニューヨークへ移住した後もムスリムとして育ち、大学卒業後は市民運動を続け2020年の州下院選で初当選した、まだ弱冠34歳のミレニアム世代である。政治的には、師とあおぐのは革新派のサンダース上院議員で、本人も民主社会主義者を自称する。アメリカでは何もかもが異色の政治家で、天邪鬼の私にとっては自然と応援したくなる人物だ。
しかしそうした私の好みだけで「歴史の流れを変えるかもしれない大きな出来事」といったわけではない。ニューヨーク市長選と同時に行われたニュージャージー州とバージニア州の知事選挙でも民主党候補が勝利し、民主党が立ち直って次の中間選挙で優位に立つ、ということでもない。私は以前から、トランプの時代錯誤の主義主張のうちもっとも反動的であり許してはならないのは、DEI(多様性、公平性、包摂性)の推進を押しとどめようとする方針、だと考えてきた。その意味で、マムダニ氏の勝利は(2人の女性民主党候補の当選も)明らかにトランプのDEIに対する敵意ある攻撃に対する、アメリカ市民の一つの答えだったからである。
人類の何万年の歴史から見れば、当面の経済成長や関税の上げ下げによる影響などはそれほど重大ではない。人類の歴史の大きな流れは、人類は時代時代の制約を超えて物心両面で次第に豊かになってきた、というにある。人類はまず生存するために自ずと相互扶助・互恵をの共同体を形成した。長い狩猟採集の原始共産制の時代を経て、農業の発展と共に生産力が上がり人口も増えてくると富めるものと貧しい人々との格差社会が出現した。この格差社会は、奴隷制度、農奴と貴族からなる封建的身分制度、人種差別的植民地主義、を生み出しながらも、文明の発展と共に次第に克服して近代にいたった。
近代ヨーロッパ文明の基礎となったのは、18世紀末に生じた物質面での産業革命とイデオロギーにおけるフランス革命である。フランス革命の理念は「自由、平等、友愛」で、自由は所有や利潤追求の自由が産業革命を推進し資本主義を確立した。平等は封建的身分制度や資本家の一人勝ちを許さない社会主義思想を生み出した。一番成果がはっきりしなかったのが友愛である。DEIは、この友愛を具現化する思想的流れと見ることができる。
資本主義が行き詰って新しい経済制度が模索されている現代において、世界を変革するイデオロギー的バックボーンとして、DEI=「多様性、公平性、包摂性」をスローガンとした「革命」を起こすことができないか? 今回のニューヨーク市長選がその一つの契機になりはしないか? もちろん今回のDEIにシンパ的なマムダニ氏の勝利は、ニューヨーク市というコミュニティでの小さな成果でしかない。だが、かってのフランス革命においても、その始まりは生活環境の悪化に苦しむパリ市民が抗議のために立ち上がったことに起因するといわれる。現在のニューヨーク市は、かってのパリと同様に世界の中心であり、最も文明化された都市である。全米へ、世界への波及を期待することは決して幻想とはいえないだろう。
まあ以上は、天邪鬼の戯れ言としても、マムダニ氏が政策として掲げた家賃の凍結、公営住宅の拡充、市営バスと保育園の無料化、最低賃金の大幅アップ、それらを賄う予算としての富裕層と大企業に対する大胆な増税、などはトランプがいうような共産主義でも何でもない。現行民主主義社会でも十分できる政策である。うまく実現できるかどうかを、まずは期待を持って見守ろう。
(2025/11/10 )

(Photo by Occupy Wall St. Facebook 2025/11/05)
*アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より


