参政党をめぐる議論「批判・反論」型と「分析・対策」型
編集委員 中川登志男
第27回参議院議員通常選挙(7月20日)で「躍進」した参政党に関するリベラル層や護憲派の議論は、「批判・反論」型と「分析・対策」型とに大別される。
「批判・反論」型は主に、①「人権」や「共生」の観点から、参政党の排外主義や女性蔑視、改憲案や歴史認識などを批判するもの、②ファクトチェック(外国人が増えても犯罪は増えていない、外国人が優遇されているというのは誤りなど)、以上の2つに分けることができる。
一方、「分析・対策」型は、参政党「躍進」の理由について、①SNSなどネット戦略が奏功した(毎日新聞東京本社版8月8日付総合面など)、②「ポピュリズム政党」が世界的に広がるとともに、業界団体や労組などといった「中間団体」が力を失った(東京新聞7月19日付総合面など)、③技能実習生制度など、外国人労働者の受け入れが事実上進んでいるにも関わらず、まともな外国人政策・移民政策がなされてこなかった(神奈川新聞8月15日付総合面―共同通信配信記事―など)、④就職氷河期世代の参政党支持の高さに象徴されるように、物価高や経済苦境などへの不満の受け皿になった(朝日新聞東京本社版7月27日付文化面、同8月13日付オピニオン面など)、以上の4つに分けられると思う。
なお、これら以外に、反知性主義やメディア・リテラシーの欠如などを理由に挙げる議論もある。
確かに、参政党の排外主義を「批判」し、事実誤認に「反論」することも必要ではある。だが、参政党が支持される状況を根本的に解決するには、「分析」に基づく「対策」が不可欠だ。実際、様々な「批判」や「反論」がなされているにも関わらず、参院選から1か月余りが経過した今もなお、参政党の支持率は各種世論調査で立憲民主党や国民民主党と肩を並べ、調査によっては参政党が「野党第一党」だ。
『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』の著者・会田弘継氏は、「自分たちの生活は決して良くならない、という絶望的な意識」を抱く人たちに、いくら「共生社会は重要だ」と正論を訴えても「納得は得られないだろう」と指摘する(前掲、朝日新聞7月27日付)。大阪大教授の三浦麻子氏も、「自分は恵まれていないと感じている人たちに、博愛主義などを持ち出して説得しても届きにくい」と述べている(朝日新聞東京本社版7月15日付社会面)。「批判・反論」型の議論には、限界があるということだ。
専修大教授の武田徹氏は、「理念や統計のような一般論では解消されない大衆の等身大の不安や不満を、生活レベルでの解決へと方向づける。それが結果としてイデオロギーに囚われた怪物的な排外主義者が大量生産される回路を経つ」と指摘し、「大衆の原像」を繰り込む作業をジャーナリズムに期待する(毎日新聞東京本社版8月5日付オピニオン面)。私も全く同感だが、その点で懸念しているのが私の地元の地方紙である神奈川新聞だ。
参政党の会見から所属記者が排除されたこともあり、神奈川新聞は当該記者であるI氏を筆頭に、K記者もM記者も完全に「批判・反論」型だ。だが、はっきり言ってしまえば、「批判・反論」だけなら私のような素人の物書きでも事足りる。「分析・対策」の記事を書けてこそプロの記者であり、プロのジャーナリストである。言い換えれば、リベラル層や護憲派が「批判・反論」を超えて「分析・対策」をできるかどうかが、今後の参政党の伸縮を左右するのではないか。
そしてその核心は、一橋大教授の安藤馨氏の指摘を借用すれば、「事実に基づかない排外主義的傾向を真に抑止・是正したいのであれば、その根底にある不遇の解消こそが必要なのであり、氷河期世代が象徴する経済政策と再分配の失敗こそが、その原因として是正されなければならない」(前掲、朝日新聞7月27日付)という部分にある。作家の雨宮処凛氏も強調するように、「リベラル層は参政党支持者を批判するだけでなく、彼ら彼女らの中にある既存の政治への不信感や絶望を知ろうとすべき」(毎日新聞東京本社版7月23日付オピニオン面)なのである。リベラル層や護憲派の姿勢が試されている。
*日付は全て2025年


