2025年5月号 トランプの悪政 何が一番問題か?
【 寄 稿 】どうなる韓国大統領選挙
【 寄 稿 】大崎事件第4次最高裁決定
【 案 内 】古川純さんを偲ぶ会
【 案 内 】 2025年度通常総会
トランプの悪政 何が一番問題か?
運営委員 牧梶郎
トランプが米大統領に就任して以来、思いつきのような大統領令や発言が相次ぎ、世界は混乱に陥っている。その多くは「米国を再び偉大に(MAGA)」というスローガンの下に推し進められている時代錯誤の諸政策である。中には、カナダをアメリカの51番目の州にする、グリーンランドをアメリカに売り渡せ、パナマ運河を取り戻すために軍隊派遣も辞さない、ガザの住民を退去させアメリカ主導で一大リゾート地域にする、スエズ運河を通過するアメリカの船舶は民用軍用を問わず無料にせよ、といったとんでもない主張もある。
現在はもっぱら関税負荷を脅しにしての、貿易赤字の解消やアメリカへの投資拡大、それらによる国内生産業の復興を喧伝している。たしかに経済のグローバル化以前の、モノの製造を増やすことで経済成長を計っていた時代には、関税は国内産業を保護発展させる手段として機能していた。アメリカの自動車ビッグスリーに抗して日本の弱小メーカーが生き残ったのは、当時の通産省による保護主義関税のおかげであった。しかしグローバリゼーションの今日においては製造業のサプライチェーンは多極化しており、一国では成り立たない。それ以前に、なによりも経済における製造業の役割は、ITやAIを利用する流通サービス業に比べて小さくなっている。製造業をいくら内製化しても、偉大なアメリカは戻ってこない。
それくらいのことはなみの経済学者でもわかっているはずだが、科学的見地を認めようとしないアメリカの反知性主義的伝統がその底流にはあるのだろう。問題は、そうした単純な論理で丸め込めるトランプ支持層、貧困に陥っている白人労働者層へ向けての戦術・戦略なのか、トランプ自身そう信じ込んでいるのか、今のところはっきりしないところにある。いずれにしろ、時間が経てば経済は答えを出してくるので、政策転換は必至だろう。ただ、世界中からアメリカは利用され搾取されてきたからでアメリカ国民は貧困に苦しんでいるという主張は、ヒトラーのドイツのような民族主義的暴発を生み出しかねないリスクは存在する。
たしかに無茶で一方的な関税の引き上げは、国際経済を混乱させ、アメリカを含めて多くの国のGDP成長を阻害するのは間違いない。しかし長期の歴史的視点から見れば、経済成長が人間社会もしくは文明の発展とはいい難いのであって、GDPが上下することで一喜一憂する必要はない。
トランプが次々と大統領令を出した中で、人間社会の歴史的進歩を押しとどめる最たるものは、世界で推進されてきたDEI(Diversity、Equity、Inclusion)に対する敵対的政策であろう。Diversity(多様性)は、年齢や性別、性的指向、人種、国籍、民族、宗教、障がいなどの違いにかかわらず、すべての人が参加できる場を意味している。Equity(公平性)は、一人ひとり異なる全員が能力を発揮できるよう公平な扱い、不均衡の調整が行われる環境が重要、という考え方である。Inclusion(包摂性)とは、一人ひとりの多様性が認められ、誰もが自由に参加できる組織のあり方である。このようにDEIは、出生によって人生が決められた奴隷制社会や封建的身分制社会を崩壊させ、男支配社会からジェンダー平等社会へ、さらには人種差別の撤廃、性的マイノリティや社会的弱者の権利尊重へとゆっくりではあるが着実に前進しつつある人類の歴史の流れに沿った動きである。そのDEIを促進させるこれまでの政策をトランプは否定し、大きな歴史の流れを逆転させようとしているのである。すでに国家公務員レベルでは反DEI政策は実施され、いくつもの大企業もそうした逆流に乗っかっているし、トランプはそれを大学教育の場にも持ち込もうとしているのである。これこそがトランプが投げかけた人類への挑戦であり、全世界の人民が反対すべき喫緊の課題はここだろう。
(アイキャッチ画像は Wikimedia Commons より)


